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嫉心_拾壹

 数日後。正吉からの許可が下りて、仕事に復帰したと聞き、平八郎は南町奉行所まで将吾に会いに行った。 「おう、平八郎じゃねぇか」 「今日から仕事に復帰したと聞いてな」 「あぁ。そういや、聞いたぜ。弥助にも話をしたそうだな」  紋次を捕まえる時、幻妖に襲われたからだ。 「あぁ。自分にできることがあればと、弥助もそう言ってくれた」 「そうか」  一緒に歩いていると、男が近寄ってくる。 「お前は大津の御用聞きじゃねぇか」 「伝言をあずかりやした」  と文を渡した。将吾がそれを広げて読み始める。 「どうしたんだ?」 「いや、べつに。さてと、俺はここで」  と言うと、男についていく。  何かが怪しい。  また危険なことに巻き込まれやしないだろうか。平八郎は不安になり、将吾の後をつけることにした。  二人が向かった先は、鬱蒼とした森林に囲まれたその中にぽつんと立つ荒ら屋だった。  戸口を潜り中へと入っていく。  それにしても嫌な雰囲気の所だ。中の様子が気になり、何処か覗ける場所はないかと探していたら、丁度良い隙間がある。  そこから中を覗くと、顔が腫れ額や唇から血を流した状態の男が目に入る。 「外山」 「磯谷」  外山とは平八郎が今見ている怪我人のことか。確か、将吾が怪我を負った時に会っていた同心だった。  ここからの位置では声は将吾の声は聞こえても姿は見えなかった。 「待っていたぞ、磯谷」  青木の声だ。その途端に寒気がした。  ここにいるのが嫌になる。逃げ出したい。そんな気持ちとなる。  だが、将吾のことが気になり、ぐっとそれに耐える。 「約束だ。外山を」 「良いだろう。こやつを連れて行け」  将吾がきたら解放するとでも書いてあったのだろうか。黒羽織を着た男が外へ出てくる。その背には怪我人を背負っており、あれは外山だろう。  平八郎は、ばれぬように身を隠し、息をひそめる。気づかれること無く行ってしまったのを確認し、再び中を窺う。 「青木様、何故、このようなことをなさるのですか?」 「お主は榊が特に目に掛けているからな」 「何を、俺など別に」  くつくつと笑う青木の声。それが次第と大きくなる。 「これは愉快。想いをよせている相手がこんな鈍い男だとはな」 「何を、おっしゃっているのか……」 「榊の屋敷で同衾をしておるだろうが」 「な、同衾などしてはおりませぬ」 「ほう、それなら必要ないな、お前のそれは」  ここからでは青木の表情を窺うことはできない。それなのに、今、どんな顔をしている想像がついてしまった。  きっと目を弓なりに細めて笑っている。  平八郎は全身が総毛立つような恐怖を覚えた。  だめだ、このままにしておいては。  平八郎だけでは助けることなどできやしない。だけど誰か人を呼ぶことはできる。  急いで南町奉行所へと行き、このことを伝えなければ。  だが、平八郎は気が付いていなかった。中からもう一人出てきたことを。 「覗きは駄目ですよ」  耳元で声がする。そちらへと顔を向けると黒羽織の男が立っていて、逃げなければと立ち上がろうとするが、腕を掴まれてひねりあげられた。 「いっ」  あまりの痛さに声が出ない。

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