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嫉心_拾參

 あれからどれだけの時がたったのか。  緊張からかのどが渇き、身体がだるさを覚える。 「大丈夫か、平八郎」 「あぁ、将吾こそ」  この先を考えると怖い。それが平八郎を苦しめる。 「誰が話してよいと?」  青木が将吾の頬だけを張る。乾いた音がし、頬が赤く染まっていく。 「将吾っ」   どうして、こんなことができるんだ。 「なんだ、その憐れむような目は」  癪に障ったか、平八郎の髪を掴み、地面の上へと振り払った。 「平八郎っ! 青木様、手を出すのは俺だけにしてください」  まるで平八郎を守るように前にでると、青木が将吾の頬を再びはたきだす。それも何度もだ。 「や、将吾」  目頭が熱くなる。自分は何もできない、悔しい。  その時、 「やめよ!」  と声がし、男が一人で荒ら屋へと踏み込んできて、皆がそちらへと顔を向けた。 「榊様っ」  将吾の声に、榊がちらりとこちらを見て、すぐに青木へと目を向けた。 「待っておったぞ、榊ィィィ」  青木の目がカッと開かれる。その瞬間、黒いものが一気に膨れ上がった。  それは平八郎がもっとも見たくはなかったもの、そう、青木は幻妖に囚われていたのだ。  榊に対する嫉妬、そして人質がいる優越感、そんな感情が入り混じっているのだろう。 『ククククッ、ヨクゾ参ッタ』  何が楽しいのか笑い声をあげはじめた。その異常さに、榊の顔が強張る。 「青木……」  これから起こることに平八郎は不安で胸が押しつぶされそうだ。将吾も二人をただ眺めている。 『熊田、刀ヲ』 「はっ」  熊田と呼ばれた大男は外山を担いで出て行ったが、榊よりも先に荒ら屋へと戻ってきていた。  腰から抜き取った刀を熊田が受け取り、青木が榊の肩を扇で打ち付けてそこへ座れと言う。  片足を上げた格好で腰をおろし、榊は青木を見上げるような格好となる。 「用があるのは私だろう? 二人を解放してくれ」   頼むと頭を下げれば、 『ソウダナ、土下座ヲシ、二人ヲ返シテクダサイト頼メ」 「なっ、そんな、いけませぬ」  将吾が止めようとするが、大津が刀を鞘ごと抜き、それで頬を殴る。 「口を慎め。裁きの時ぞ」  とニタニタと口元に笑みを浮かべる。  何が裁きだ。受けるのは此方ではなく青木たちの方だ。 『ハハハ、ソレハ良イ』  その言葉に、榊が表情を押し殺しながら地面に腰を下ろし、青木を見上げる。 「どうか二人をお返し願いたい」  と深々と頭を下げた。  自分達のために頭を下げる榊の姿に、将吾は低く唸り声を上げながら青木を見上げ、そんな二人を愉快そうに笑いながら見ている。 『アァ、愉快、愉快。ナァ、大津、熊田』 「はい。こんなに愉快なものを見たのは初めてでございます」  と大津が笑い、熊田も大きな体を揺らしながら笑っていた。 『ソウダ、磯谷』  青木が扇子を掌に打ち付け、その音で大津と熊田がぴたりと笑い声を止める。この次にくる言葉は止めなければならない。 「やめろ、将吾、駄目だ」 『黙レ。大津、伊藤ノ三男ヲ黙ラセロ』 「はっ」  大津が傍に立ち、手を振り上げた。乾いた音と共にじわりと頬に痛みを感じた。

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