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嫉心_拾伍
平八郎を戦いに巻き込まぬようにと、正吉がその背を八重桜の置いてある方へと押した。
「行け」
刀まではあと少しの距離。
「あぁ」
平八郎は必死で八重桜の元へと向かった。
あと少し。手を伸ばせば、しっくりと手に馴染む。あぁ、これで戦える。
八重桜を愛おしく撫で、そして腰へと差した。
正吉の方はどうなったか、そちらへと視線を向ければ、今、勝負がついた所だ。
「正吉!」
弾かれて体勢を崩した所に素早く鳩尾を柄で突くと、低いうなり声をあげて御用聞きが崩れ落ちた。
「ほう、やるなぁ」
大津を峰打ちで気絶させた榊が、正吉の刀捌きを見て声をあげる。
既に配下の何人かは倒されており、残すところは青木と熊田のみ。だがそれもすぐに勝負がつきそうだ。
熊田の巨漢が地へ倒れる。
「後はお主だけだな」
じりじりと榊が青木との距離をつめる。
『クソ、クソォォォ――!!』
刀を構えて向かう先は、平八郎の元。
「貴様、卑怯だぞ」
此処にいる者の中で、もっとも弱い存在へ向かう。
『マダ終ワリニナドサセヌ』
平八郎を人質にして形勢逆転を狙おうとでもいうのだろう。だがそれを阻止するように、正吉が平八郎の前に立つ。
「邪魔ダァ!」
カキーンと刀を打ち合う、甲高い音が響く。
弾かれた青木は体勢を崩し、
「降参せよ、青木」
刀を向けたまま取り囲むと、何がおかしいのか、笑いながら構えていた刀を一旦おろした。
『冗談デハナイ。オ主ヲ苦シメルマデハヤメヌ』
青木の欲が幻妖の力を増幅させる。ぶわりと黒い霧があふれ出した。
「なんだ、この黒い霧は!!」
向けられた敵意が、平八郎以外の者にもその姿を見せる。
榊がその黒い霧を払うように手を動かしている傍で、
「これが幻妖か」
将吾は平八郎から幻妖のことを聞いていた故、これがそうなのかと気が付いたようだ。
「磯谷」
これは何かと榊が尋ねようとした所で黒い霧に飲み込まれる。
「榊様、うわぁっ」
「将吾、榊殿!」
次に将吾がのまれ、正吉はのまれる寸前で平八郎に腕を引かれて難を逃れる。
『ク、ハハハハ、コ奴ラ後デ仕留メルトシテ、マズハオ前タチカラダ』
囚われてしまった二人の姿は、完全に霧に覆われて見えなくなる。
早く助けなければ。青木は二人をとことん苦しめるだろう。
「平八郎、俺が隙を作るぜ」
「あぁ、頼んだ」
平八郎は腰に刺した八重桜を抜きとると、それは幻妖に反応し淡い桜色に光っている。
『ナ、ソノ刀ハ』
八重桜の力が解るのか、青木がその光を恐れ、震えながら後ずさりしていく。
正吉はその隙を逃さない。刀を構えて青木へと斬りかかる。
「くっ」
青木はぎりぎりの所で、その斬撃を刀で受け流す。
立て続けに正吉は重くそして素早い斬撃をし、青木は防戦一方となる。
だが、次第に手が痺れ、柄を握りしめる力が弱くなり、とうとう刀は弾き飛ばされ宙に舞った。
「いまでぃ、平八郎」
刀を弾かれた青木は動揺し、なおかつ、身を守る術はない。
『クルナ、クルナァッ』
頭を抱えて身を小さくする青木に、覆うように黒い霧が包み込む。そして、一気に平八郎向けて襲い掛かった。
「平八郎!!」
その霧に飲まれてしまった平八郎を、必死で呼ぶ正吉の声。
――大丈夫だよ、正吉。
黒い霧の隙間から桜色の光の筋が伸びて一気に広がる。
その光に消されるように黒い霧は消えてなくなり、平八郎の刀が青木の心の蔵を貫いていた。
その瞬間、ぱぁんと桜が舞い散るように光がはじけ飛び、青木は地面の上へと崩れ落ちた。
二人は目の前で起きた出来事が信じられぬ、そんな表情をしていた。
「あれは、一体……」
と榊が口にし、平八郎は刀を鞘に納めて笑みを浮かべた。
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