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「ここ、来てみたかったんですよ」
簡単に乾杯をすると、風見が店内を見回しながら口を開いた。
「こんなおじさんと来ても楽しくはないだろう」
水嶋は自嘲気味な笑みを浮かべ、グラスを口に運ぶ。コーヒーの仄かな風味に甘いミルクが舌に染み渡る。
「まだ若いのに、何言っているんですか。それに俺は、水嶋さんと来たくて誘ったんですよ」
少しムッとした口調で返され、水嶋は左手の指輪に触れつつ苦笑した。
最初こそ緊張していた水嶋だったが、風見が仕事の話を始めたことで気持ちが引き締まる。
新人の頃と変わらずに悩み事を打ち明けてくる風見に、水嶋もできる限りアドバイスをした。優秀な人間であっても悩みはつきない。話すことで少しでも気が楽になってくれれば良い。水嶋は自分の話はせずに、いつものように聞き役に徹することにした。
仕事の話が落ち着くと今度は風見は「これはどんな味がするか気になります」と言って、メニューを指差した。そこで水嶋が何で割っているのかを説明し、分かるところはその歴史まで語ってみせた。
「詳しいですね」と目を丸くする風見に、実は大学時代にバイトでバーテンをしていたのだと水嶋は告げる。驚きつつも尊敬の目で見てくる風見に、不覚にも胸が高鳴ってしまう。
就職してからは知識を披露する場がなく、こうして真剣に耳を傾け驚く風見の姿に気分も自然と上がる。そんなこともあり、水嶋はいつも以上に杯を重ねた。
説明しながら一緒に同じ酒を飲む。それが楽しかった。
次第に酔いが深まり、呂律が危うくなってくる。頬が熱く、視界が涙に揺らぎだす。
一方で風見は随分とお酒に強いようだった。来た時とは変わらない顔色で、グラスに口をつけていた。
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