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 不意に甘やかな香りが鼻孔を掠め、スーツの冷たい感触が頬に触れる。脇を通して肩を抱かれ、足元が覚束ないまま立ち上がらされる。 「タクシー呼びました。帰りますよ」  そう言われ、半ば引きずられる形で水嶋はタクシーに乗せられてしまう。  住所を言ってくださいと言われ、混濁した意識の中で水嶋は家の住所を告げる。  このまま見送られると思いきや、隣に風見が乗り込んできた。  意識が遠のいていくの中で、途中で降ろしてもらわなければまずいと焦燥感が芽生える。 「着いたら起こしますから、寝ててください」  風見の言葉に脳裏で警鐘がなった。今すぐ降ろしてくれと言おうにも呂律が上手く回らない。口をパクパク動かすも、声になっているのかなっていないのか。それすらもわからなかった。 「大丈夫ですから、今は目を閉じていてください」  そう言って温かな手が瞼を塞ぐ。鼓動が早いのは酔いだけのせいではない。自覚はあるも僅かな下心が芽生えてしまう。同時に泣きたくもなった。 ーーもういっそのことバレてもいい。  水嶋は口をキツく結ぶ。目を閉じて、甘えるようにその掌に重心を寄せた。   「着きましたよ」  風見の声に水嶋はゆっくりと瞼を開く。車は停まっていて、すでにドアが開かれていた。  視線を外に向けると、見慣れたマンションの前に車が止まっているようだった。 「降りてください」  風見に促され、水嶋は素直に従った。 「君はそのまま帰ればいい」  そう言って水嶋は震える手で財布を取り出すも、風見は車から降りるなり「行ってください」と、タクシーの運転手に告げてしまう。  唖然としている水嶋に風見は「家はどれですか?」と聞いてきた。 「君はこれからどうするんだ?」 「後でタクシーを呼びますので、ご心配には及びません」  風見の言葉に水嶋は納得せざるを得ないも、問題の解決にはなっていない。 「ここで大丈夫だから……妻もいるし」  薬指の指輪をいじり、水嶋は消え入りそうな声で言う。酔いは半分ほど覚めていた。

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