7 / 28
7
不意に甘やかな香りが鼻孔を掠め、スーツの冷たい感触が頬に触れる。脇を通して肩を抱かれ、足元が覚束ないまま立ち上がらされる。
「タクシー呼びました。帰りますよ」
そう言われ、半ば引きずられる形で水嶋はタクシーに乗せられてしまう。
住所を言ってくださいと言われ、混濁した意識の中で水嶋は家の住所を告げる。
このまま見送られると思いきや、隣に風見が乗り込んできた。
意識が遠のいていくの中で、途中で降ろしてもらわなければまずいと焦燥感が芽生える。
「着いたら起こしますから、寝ててください」
風見の言葉に脳裏で警鐘がなった。今すぐ降ろしてくれと言おうにも呂律が上手く回らない。口をパクパク動かすも、声になっているのかなっていないのか。それすらもわからなかった。
「大丈夫ですから、今は目を閉じていてください」
そう言って温かな手が瞼を塞ぐ。鼓動が早いのは酔いだけのせいではない。自覚はあるも僅かな下心が芽生えてしまう。同時に泣きたくもなった。
ーーもういっそのことバレてもいい。
水嶋は口をキツく結ぶ。目を閉じて、甘えるようにその掌に重心を寄せた。
「着きましたよ」
風見の声に水嶋はゆっくりと瞼を開く。車は停まっていて、すでにドアが開かれていた。
視線を外に向けると、見慣れたマンションの前に車が止まっているようだった。
「降りてください」
風見に促され、水嶋は素直に従った。
「君はそのまま帰ればいい」
そう言って水嶋は震える手で財布を取り出すも、風見は車から降りるなり「行ってください」と、タクシーの運転手に告げてしまう。
唖然としている水嶋に風見は「家はどれですか?」と聞いてきた。
「君はこれからどうするんだ?」
「後でタクシーを呼びますので、ご心配には及びません」
風見の言葉に水嶋は納得せざるを得ないも、問題の解決にはなっていない。
「ここで大丈夫だから……妻もいるし」
薬指の指輪をいじり、水嶋は消え入りそうな声で言う。酔いは半分ほど覚めていた。
ともだちにシェアしよう!