10 / 28

10

「俺のこと好きなんですよね。違いますか?」  風見の問いに愕然とし、言葉を失う。  初夏の生暖かな湿った風が頬を撫でていくにも関わらず、冷や汗が止まらない。早く返事をしなければ、無言を肯定とみなされてしまう。頭の中で逡巡するも、口から言葉を発することができない。 「好きならどうして、俺の好意に気づいてくれないんですか?」  突拍子もない言葉に、水嶋は絶句した。 「水嶋さん、バーの店員やってたなら気づくと思ったんですけど」  そう言いつつ風見は綺麗な眉を下げ、目元を伏せている。まるで期待はずれでがっかりだといった様子だ。 「何を飲んだか覚えてますか?」  風見に聞かれ、訝しく思いつつも記憶を手繰る。  最初はカルアミルク。その後、テキーラサンライズ、セックスオンザビーチ、ブラックルシアン――他にも数種類のカクテルを飲んでいるがどれも、甘い味わいにしては度数が高いものばかりだった。  そこで水嶋ははっとして目を見開く。 ――レディーキラーカクテル  甘い口当たりで飲みやすいが故に、女性が男性に促されるまま飲んでしまう。味や見た目に反して度数が高く、酔いやすい。要注意カクテルだ。 「やっと気づいてくれたみたいですね」  そう言って風見が笑みを浮かべている。 「でも……僕は男だし、まさかそんな……」 「そんなこと関係ないです。水嶋さんが俺に嘘ばかりつくからいけないんですよ」  責めるような口調には、いつもの従順で優秀な部下の顔はどこにもない。 「部屋はどれですか? 水嶋さん」  風見がゆっくり距離を詰める。その目はバーでよく目にしていた獲物を狙う男の目だ。  酔いはとっくに覚めている。ここで拒まなければ、今まで通りの関係には戻れないだろう。わかっていても体が動かない。薄情にも期待に体が震えていた。  直ぐ目の前に風見が立つ。やや見下ろされる形で視線が絡む。  冷たくも甘やかな視線に捕らわれ、水嶋はゆっくりと口を開いた。

ともだちにシェアしよう!