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「水嶋さん、最近変ですよ」  オフィスで弁当を突っついていた水嶋に、風見が眉を寄せて言った。 「そんなことないよ。ちょっと体調が良くないからかな。食べる?」  あまり手をつけていない弁当を差し出すと、いつもなら飛びつく風見が浮かない表情で受け取った。 「大丈夫ですか?」 「うん。ありがとう。最近忙しかったからかな」  そう言って水嶋は力なく口角を上げる。  あの日から水嶋は風見と普段どおりに接しつつも、食事の誘いを断る回数を増やしていた。  メールの返事も少しずつ間を開けた。何通も届くメールには体調を気遣うものも混じっていて、その優しさに何度も心が折れそうになった。  本人を恨めたらどんなに良いか。でも自分には怒る資格がない。あまりにも多くの嘘をつきすぎていた。 「最近、休みの日も仕事に出てますよね。もしかして、明日も出勤するつもりですか? そんなに忙しいなら、俺も手伝いますよ」 「大丈夫だよ。管理職になると何かと忙しいだけだから」  本当はそんなに切羽詰まった仕事などない。それでも週末は泊まりに来ることが多かったこともあって、どうしても警戒してしまう。 「……そうですか」  風見がちらりと水嶋の手元を見た。いつのまににか癖が出ていたようで、指先で指輪を撫でていた。自然を装って指を放す。 「だったら今日は俺が夕飯作りますよ。だから家に行っても良いですか?」 「そんな……悪いよ」 「そんなに嫌ですか?」  冷たい声音に、水嶋は落としていた視線を上げて風見を見る。 「俺が水嶋さんの家に行くの」 「そんなことはないよ」 「俺のこと嫌いになったんですか? だから避けてるんですか?」  水嶋は慌てて視線を周囲に向ける。向いの席の人間は電話で話しているようで、こちらの会話には気づいていないようだった。 「か、風見くん……」 「最近、全然会ってくれないですよね。連絡しても前より返事が遅いですし、電話にも出てくれない」 「もう分かったから、今日うちにおいで」  これ以上、二人の関係を疑われるようなことを口にして欲しくはなかった。どういうつもりか分からなかったが、職場で誤解を招くような痴話喧嘩は避けたい。 「分かりました。仕事が終わったら窺います」  風見の表情がいつもの穏やかさを取り戻す。ホッと胸を撫で下ろす反面、風見と二人だけの空間になることを恐れる気持ちもあった。  何度も繰り返している「疲れている」という言葉。いつまで通用するか分からない。今の様子からして、風見はおかしいと気づいているようだった。  今日でこの関係は最後になる。そう悟り、風見は覚悟を決めるように「待ってる」と口にした。

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