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 少し残業したのか風見が来たのは、八時を過ぎた頃だった。 「すみません。遅くなってしまって」  買い物袋を手に風見が申し訳なさそうな顔で言った。 「いいよ。疲れているのにこっちこそ気を遣わせちゃってごめん」 「これから作るんで、待っててください」  キッチンに直行した風見はコートとジャケットを脱ぐと、ワイシャツの袖を捲った。  手伝いを申し入れたが、風見はがんとして受け入れてはくれなかった。仕方なくリビングの椅子に座りながら風見の背を見つめた。  テキパキとした動きで食材を鍋に入れたり、皿に盛り付けたりしている。手慣れた様子からして、普段から料理をしているのかもしれない。 ――これからは倉橋の為に料理を作るのだろうか  視界が歪み、慌てて目元を拭った。 「先に食べてください」  そう言って前菜なのか、サーモンのカルパッチョとオレンジのスライスが乗せられた紅茶色のドリンクが出される。 「お口に合うか分かりませんが。カンパリです」 「ありがとう」  カンパリは食前酒としても親しまれているカクテルだ。ホットだったこともあって、香りがとてもいい。 「凄く美味しいよ」  思わず感嘆の声を上げる。両方ともお店で出しているのとなんら遜色がない。 「良かったです。喜んでもらえて」  風見が笑顔で振り返る。  その邪心の感じられない笑みは、自分を騙しているように思えない。優しくされればされるほど、胸がズンと重たくなった。 「お待たせしました」 鍋が運ばれ、蓋が開かれる。湯気の中から出汁の香りがふんわりと匂い立つ。 「寒いから鍋にしました」 「ありがとう。すごく美味しそうだよ」  風見が向かいに腰を下ろしたのを合図に、水嶋は早速鍋に箸をつける。最近食欲がなかったが、さっぱりした鍋ならすんなり食べれそうだった。  気づいたらいつも以上に食が進み、食べるたびに美味しいと素直に口にした。 「久々にまともに食べた気がする」  お腹が膨れ、出されたお酒を口にしながらポツリと呟く。 「最近、食欲がないようでしたからね。一体どうしたんですか?」  片付けを終えた風見が少し問い詰めるような口調で切り出した。 「なんでもないよ」  緩んだ気持ちが途端に引き締まる。それを誤魔化すようにグラスに口をつける。 「じゃあ、今日泊まっても大丈夫ですか?」  椅子に腰掛けていた水嶋の目の前に風見が立つ。見下ろす風見の目は疑いの色に満ちていた。

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