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会長はものすごい不安らしい1-2
笹峰明頼の元彼に対してさっぱり共感できなかった大きな理由が「笹峰会長と付き合うと不安と負担ばっかりで最悪だろ?」という訳のわからない決めつけのせいかもしれない。
元彼は食堂で夕飯をテイクアウトして部屋で待っているのがイヤだったらしい。
加えて思いやりのない顔だけのつまらない男だと笹峰明頼をけなしていた。
言葉は悪いが笹峰明頼の元彼の容姿は平均レベルだ。
つまり笹峰明頼は恋人に求める見た目のハードルが低い。
俺も自分がモテるタイプの顔とは思わない。
非モテ顔が好きだという性癖なのか、たまたま連続して平凡な十人並みの顔の男を恋人に選んだのか。それは笹峰明頼ではないので分からない。
不安に思う要素は笹峰明頼の心変わりかもしれないが、不安に思ったところで心変わりは誰にでもいつでも起こりえる。
惰性で続かせようと思うほど俺は自分を同性愛者だと考えていない。
「質問を返して悪いが好きな相手が魅力的であることはいいことじゃないのか」
「親衛隊とかも? 絡まれてウザいのに?」
「校内の人気者と交際を公にしていたらこんなもんだろ。人気があるからこそ生徒会の仕事を円滑に進めやすくなるんだからいいんじゃないのか」
「なんつーか、アレか。西宮ってメチャクチャ大人なのか……」
「会長がわがまま言わないから不満を溜めていないかハラハラしてたのは心配しすぎってか強迫観念に駆られてるのかな」
横道と牧田の言葉に驚くと「会長が西宮が愚痴ったり困ってないか聞いてきた」「何もないって言うと落ち込んでた」なんてあっさりと白状した。
笹峰明頼を好きでも笹峰明頼の考えは分からない。
それは相手も同じだ。
遠回しな気遣いは事態をややこしくしている気がする。
不満を持たれないことがあるわけがないと笹峰明頼が考えているなら真面目すぎるのか以前の相手が悪かったのか。
ケータイを見ると一言「浮気をした」というメッセージが入っていた。
言い訳も何もない言葉だが初めて笹峰明頼から「浮気」と聞くのは衝撃的だ。
返信を明日に回すことも考えたが「何度目?」と送ると「一度もない」という矛盾した反応が即座に返ってきた。
牧田と横道はケータイを操作する俺を不安げな顔で見る。
これは笹峰明頼を心配しているからこそだ。
生徒会長なんて客寄せパンダだと自分を卑下するように言う笹峰明頼だが、客に尻を見せ日中ずっと動かずだらだら過ごすパンダに客は集まらない。
今時パンダはそこまでめずらしくない。
どんなパンダでも人気があるのではなく人気をとろうと頑張るパンダこそが人気者になる。
笹峰明頼が顔がよかろうが頭がよかろうがそれだけでは誰も集まらず何も動かない。
きちんと自分の顔と頭を使っているからこその笹峰明頼だ。
「西宮って、せつなさで胸が痛いとかねえの?」
「せつなさ? パンダの寿命が意外に短いって知ったときは胸が痛かったね」
「痛みの種類が違う気がする」
牧田が首を大きく横に振る。
いま牧田が俺に求めているものは親衛隊長が俺に欲しがるリアクションかもしれない。
「牧田はどういう返事なら納得した?」
「具体的にはわかんねえけど、西宮みたいに『あっそう』みたいな反応にはならねえわ」
「……人が座っていた椅子って生温かかったりするだろ? それがちょっと気持ち悪いと思うことがあったり、あったかくて得したと思ったり、なんか色々思っても席から立ち上がるほどじゃないって感じだ」
「うーん、わからん」
「座ってて自分の温度に馴染むのが分かるから気にしない」
「西宮的に会長は人肌の残る椅子ってこと?」
そういう風にはっきりと感じるわけじゃない。
でも、笹峰明頼に何かがあるのは感じる。
俺に隠して抱えているのが仮に浮気癖だとしても笹峰明頼の魅力を損なうほどではない。
「世界に椅子はひとつしかないわけじゃないから、座りたくないと思ったら座らなければいい。いつもと違う椅子に座りたいと思う日だってある。そういうものだろ」
「西宮怖い。割り切りすぎてる大人な意見が怖い。淡々としすぎて恋愛中の熱量を感じないレベルだっての」
牧田は自分を抱きしめるような動作をしながら「だから会長は不安になるんじゃねえの」と溜め息と共に口にする。
延々と俺は牧田と横道に不安じゃないのかと聞かれたが話が見えないわけだ。
笹峰明頼が不安だからこそ恋人である俺も不安じゃないのかと二人は聞いていた。
前提が見えないに決まっている。笹峰明頼は年上だということもあって弱さを隠す傾向にある。
俺がわがままを言わないから不満を溜めているのではないのかという勘ぐりは笹峰明頼こそがわがままを言いたい気持ちの表れだ。
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