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会長と俺は会話不足らしい1-1

 年上だがなかなか笹峰明頼はかわいいところがある。  見た目が少女的だとかいうことじゃない。  愛嬌があって憎めない。言動に嫌味がない。  たとえば夕飯を作って帰ってくるのを待っていた恋人を無視して寝室から出てこない上に「浮気をした」なんてメッセージを送ってくる笹峰明頼だが嫌いだとは思わない。  考えなしで勝手だとは感じても嫌いだとか顔も見たくないという気持ちは湧いてこない。  俺以上に笹峰明頼こそが混乱しているのだと思えば似合わない戸惑う姿は面白い。  わがままを言いたいと思っていた笹峰明頼が思わぬ落とし穴に落ちて慌てているんだろう。  予想以上のことになって布団の中で不貞腐れているならさすがパンダだ。  笹峰明頼の白と黒の髪の毛とリビングの内装を思い出して少し笑ってしまう。  生徒会長専用だからか俺と牧田の部屋とは広さが違う。  広いのに物がなくて目立つのは壁にかかった鳩時計。  三十分で一回だけ鳩が顔を出し、一時間で三回ぐらい鳩が小窓から出たり引っ込んだりしながら音楽が鳴る。  振り子の動きを見ていてまったく飽きないし鳩に和むので俺は笹峰明頼の部屋が好きだ。  笹峰明頼と深く知り合うきっかけは玄関の脇にある置き時計を延々と見ていたからだ。  規則正しい振り子の音が楽しい。  母がピアノをやっていたせいか、メトロノームが家にある。  声楽を習ったことはないけれど昔から規則正しく右左にゆれるものが好きだ。 「西宮って会長のことホントに好き?」  牧田からは初めて聞く言葉だ。  いつもは不平不満や日々の生活が快適かどうかを尋ねられて笹峰明頼の名前は出されない。 「牧田には悪いけど俺には牧田の感覚の方がわからないね。人の恋愛になんで首を突っ込むんだ」 「西宮の相手が会長以外なら俺も誰でも放っておいたっての」 「さっき、西宮も牧田が聞いてくる理由に納得してたじゃん。人気者と付き合った宿命でうざいことになんのは仕方ないんだろ」 「ワイドショーを見て勝手に盛り上がるのは好きにすればいいけど、目の前の人間である俺に想像の反応とは違うって不満を持つのがわからない。答えが出ないからテレビの向こうで適当に口にするならともかく本人を前にして『なんでなんで』って」 「迷惑かけてごめん」 「牧田うざいよね」 「横道いぃ!! うぜーのはお互い様だろ。同罪だろ。むしろ主犯はおまえだ! 横道が会長を好きだから……」  牧田の口を横道があわてて塞ぐ。  気まずげな視線に俺は首を横に振る。 「俺は気にしないから」 「なんでだよ! 思い悩めよ。思いつめろよ!!」  なぜか怒る横道。情緒不安定すぎる。  べつに横道が笹峰明頼を好きで構わない。  俺が好きになった相手なんだから他人だって好きになる。それだけの魅力があって当然だ。 「好きならもっと相手のことを考えろっ」 「生徒会長がそうであるように?」 「そうだよ!! その通り! 会長は牧田や俺に頭下げてまで西宮珠次にどう思われているのか気になってんだよ」 「付き合ってるのに?」 「付き合ってるだけだと不安なんだよ。お前からの愛情が見えないからだ。全部お前が悪い」  強い口調で横道に責められる。  牧田が「言いすぎだ」と言って止めようとするが横道は口を閉じることができない。  それが笹峰明頼への愛の深さなんだろう。親衛隊長と似た雰囲気だ。  親衛隊という立場の自分がイヤだと思わないのかと何度か聞かれた。  俺は笹峰明頼を好きな人間を嫌ったりすることはない。  誰かを嫌ったとしてもそれは笹峰明頼に好意を寄せているからではなく単純にそいつ個人が嫌いなだけだ。  恋人がモテることに危機感ではなく喜びを覚える。  誰もがそうだと主張することはないが俺の考え方を一方的に否定されても困る。  おかしいと言われても俺の感じ方は俺が決めるものだ。 「俺が愛情を伝えることを怠けたから会長が転入生とキスしたって? 横道はそう言いたい?」 「そういうことじゃないけど」 「ないけど?」 「……もっと会長と話しあえよ!! 具体的には、好きとか愛してるとかそういうことを伝えろよ。今のままじゃ、会長がかわいそうだよ」  半分キレたような状態で横道が吠える。  毎日、夕飯を一緒に食べているけれど横道が言うような好意を特別、言葉にしない。  言わなくても分かると驕ってるわけじゃない。  照れ臭いわけでも必要性を感じないわけでもない。  俺たちに会話らしい会話はない。それだけのことが横道には大問題らしい。 「そもそもさ、西宮っていつも会長と何を話してる?」 「とくには」 「一緒にいるのに? 恋人なのに?? とくには??」 「横道は牧田となに話しているって聞かれたらどう言うんだ」 「テレビとかゲームの話してる」 「会長の部屋にテレビはないよ」 「うそ!?」 「何か見たかったらパソコンで見る」  横道は納得したが牧田は「壁一面の液晶があると思ってた」と肩を落とした。夢を壊してしまったらしい。

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