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会長は俺といるのがツライらしい
小学校低学年のころ授業の一環で家庭内の会話についてアンケートがあった。
両親や兄弟と喧嘩をしたらどうするのか。
欲しいものを両親が買ってくれなかったときに自分がどんな行動をするのか。
自分の要求に他の家族がどんな反応をするのか。
家族の中で意見が分かれた場合にどうやって解決するのか。
そういったアンケートに答えてグループ内で発表しあう。
みんなが家の中での赤裸々な話をぶちまけるので面白かった。
喧嘩をしたり自分の意見が通らないときにどうするのか、そういうことをグループ毎に話し合った。
グループは席順で決まっていたと思う。
俺の家は母が強い。
父に発言権はない。
けれど、よくよく考えると母は俺に甘いので家の中で俺が一番わがままだった。
兄弟が居なかったこともあり大事にされていた。
何かに不自由した記憶はない。
俺が満たされていて幸せであることが母にとっての誇りだという。
笹峰明頼との交際は告白を受け入れた後に両親に知らせている。
将来的なことはともかく変なルートから両親の耳に入るより自分からカミングアウトするべきだと思った。
反応は小学校のころのアンケートと同じだ。
俺が自分で選び手に入れられるなら好きにしていいという放任とも言える許し。
母は俺が満足のいく人生を選ぶことを歓迎し、父は特に何も言わない。
本当は同性愛について思うこともあるだろうが表立って二人とも俺の決めたことにケチをつけたりしない。
物わかりのいい親というよりも母は俺から嫌われたり批難されることを恐れていた。
母はニュースでもドラマでもイジメや家族間トラブルの話題に敏感だ。
ある時、俺はつい母に聞いてしまった。
いやな思い出でもあるから気に入らないのか、と。
母はあっさりと自分が自分の両親と不仲で学生時代にイジメられていたと口にした。
父と結婚した理由は父の母親がいないからだと言った。父を愛しているというよりも自分にとって楽な環境を選んだという。
打算的ではあるが母らしい。
そして俺は人間が持つ性質は周囲の環境も含めるのだと知った。
母は父の職業や人となりではなく自分が付き合っていける環境に身を置いているかどうかで交際や結婚を決めた。
大恋愛など初めからする気がなく居心地の良さを重視した。
だからなのか両親は喧嘩をしない。
意見がぶつかった場合は父が折れると最初からずっと決まっている。
あるいはどうしても相容れない意見なら一時的に別行動をするだけだ。
両親は二人ともお互いに強制しないことを誓い合っているという。
小学校で発表した際にドライだとか冷たいとクラスメイトたちは言っていたけれど、夫婦とはいえ別々の家庭で育った他人同士なんだから同じ考えを持たなくてもいいと思う。
母は学生時代に音楽関係で様々な賞をとっていたらしい。
自分の親に強制されて青春を消費させられたと時々憎々しげに語っていたけれど、頼めば歌ってくれるしピアノもヴァイオリンも弾いてくれる。
コンクールなどには一生でないと言っていた。
好きすぎると反動で嫌いになってしまう。
だから、好きなものは好きになりすぎない距離でいるのが母からするといいらしい。
話の流れで父のことを好きなのかと聞くと一緒にいて将来的にずっと嫌いにならない相手だと返された。
大好きなヴァイオリンでも苛立ちから叩き壊したくなることがあると母は言う。
自分に対する怒りのはずがどうしてか愛する楽器に向いてしまう。
好きだからこそ苦悩に終わりが見えない。
自分の不甲斐なさに心が病んでいく。
母は苦痛を乗り越えたり克服することをしなかった。
そこまでの才能がなかったのか、意欲がなかったのかは分からない。
ただ最終的に音楽にまったく関係ない父と結婚した。
母の部屋として防音の音楽部屋や空調に気を使った楽器室がある。
録音機材なども母の誕生日ごとに増えている。
母が何かをしたいときに出来るように環境を整えているんだろう。
両親は二人とも好きだと口にはしなくてもお互いを大切にしあっているのが見てとれた。
俺にとって理想の関係のサンプルが両親に寄りすぎているのかもしれない。
そんなことを今更思い知る。
相手に踏み込みすぎないことも一緒にいる上で必要なことだと考えていた。
けれど、その俺の考えを口に出して恋人に伝えたことはない。
恋人同士だからこそ笹峰明頼と俺が同じ気持ちだと勘違いしていた。
母がそうであったように俺は自分のペースを乱さない相手として笹峰明頼を選んだ。
見ていて悪い気のしないパンダヘアーや内装の趣味。
父がそうであるように自分が苦にならない範囲でそれとなく相手に尽くす。
自分がしたいことだから相手からの感謝はなくて構わない。
俺はまったく今の状況に不満はない。
笹峰明頼の元彼が自分が笹峰明頼と別れたのが行方不明になった兄と幼なじみが原因だと語られても。
転入生である東町が笹峰明頼は自分のことが好きで自分と付き合うのだと主張しても。
笹峰明頼が死にそうな顔で俺を見ていても。
俺は今の状況に不満はない。
なぜなら俺は人の気持ちが移り変わるものだと知っている。
仮に笹峰明頼の中に忘れられない人がいても俺に告白をしてきた時点で俺を好きだということだ。
俺から転入生である東町に笹峰明頼の気持ちが動いてもそれは仕方がない。
笹だけで食べているように見えるパンダも雑食だ。
笹峰明頼が俺だけを好きなように見えて浮気性であっても意外性はない。
牧田と横道が「会長に対して無関心すぎ」と口をそろえて俺を責めてくる。
確かに俺は誰が誰をどういう風に好きだとか嫌いだとかに興味がないかもしれない。
浮気されようと俺は笹峰明頼と付き合っている。
その事実だけで俺がどれだけ笹峰明頼を好きなのかなんて目に見えて証明されている。
だから、周囲の状況には関心を持たないし不安もない。
俺は俺の気持ちを知っているので気分はいつでも安定している。
逆に笹峰明頼は屋上から飛び降りそうな絶望的に追い詰められた顔だ。
俺と別れることで楽になるならそうさせてやりたい気もする。
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