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恋人は何故か時計が好き 会長視点
恋人である西宮 珠次 は無表情ではない。
けれど喜怒哀楽が激しいタイプではなかった。
顔は全く似ていないけれどマイペースでのんびりしているそんなところは神隠しにあった兄とその親友に似ている。
俺が十歳の誕生日が間近になったある日に兄とその親友は消えた。
最初は誘拐だと騒がれたが犯人からの連絡はない。
二人は俺の誕生日プレゼントを買いに行くと言い残して行方不明になった。
恋仲の二人が駆け落ちをしたなんて馬鹿馬鹿しいことが学園内で噂になったというが兄もその親友もそんなタイプじゃない。そもそも二人の間に友情以外はなかったはずだ。
人にどう思われようとも自分は自分。
そう主張するというよりは主義を曲げないので結果的に自分の意志を押し通している。
駆け落ちをするような人たちじゃない。
認められなかったとしても人の視線など気にせず開き直るに決まっている。
自分が信じていること以外はどうでもいい。
兄もその親友もそういう種類の人だった。
職人気質で人間に対しての興味が薄い。
他人にどう思われようとも気にしない。だからこそ自分を貫けるのかもしれない。
人間嫌いではないけれど兄の愛は時計の歯車に向けられていた。
物心つく前から兄は時計を分解していたという。
分解した時計を組み立てる遊びを親友と共にしていた。
変人という枠に入る兄だったが見た目が白髪であったせいでおかしな行動も普通だった。
笹峰の人間は身体に何の異常もないのに髪が早くから白髪混じりになる。
兄は黒髪が一本もない白髪で親族の間でも珍しがられていた。
特異な見た目の兄が時計作りに傾倒しても異常が正常として受け入れられる。
兄が消えてから数年で兄の痕跡は消えて行った。
嫌われていたわけではなく兄は特殊な人間だから自分たちの預かりしならない場所で好きに生きているだろうと両親すら探さない。行方不明者として届けは当然出しているかもしれないけれど、テレビで見るような目撃情報を提供してほしいと走り回る親じゃなかった。
何が出来るわけではないのは分かっていても両親のどこかで元気でやっていると思って何の行動もしない姿に吐き気がした。
世界がとても冷たいような気がして俺は絶望の中にいた。
兄の私物を過去の遺物のように倉庫に片付けてしまおうとする両親に反逆して寮の部屋は兄の物を敷き詰めた。
兄残した時計の音がやけにうるさくリビングに響く。
珠次が部屋に来てくれるまでは俺を孤独にする音だと思った。
幼なじみである[[rb:吉武 > よしたけ]]も兄のことはよく知っている。
四人でよく遊んでいた。
だからこそ、吉武は俺の行動を批難していた。
兄はもう戻ってこない。
兄やその親友のことは忘れるべきだと口にする。
四人でよく遊んでいたからこそ吉武の言葉は裏切りに聞こえた。
両親の態度よりもショックだった。
同じ場所にいたと思い込んでいた分だけ吉武の態度が癇に障った。
吉武が俺に構い続けるので付き合っているという噂が流れるようになった。
否定するのは簡単だが俺はあえて肯定した。吉武に対する嫌がらせだ。
予想外なことに吉武は俺のことが好きだった。
結果として吉武を振り回すことになってしまったが、あまり反省できない。
兄の行方を気にする俺を嫌がる吉武に優しくできない。
自分の兄の安否を気にするのは普通のことだ。どうして批難されないといけないんだろう。
目の前にいない兄ではなく自分を見てもらいたいと吉武が思うことは勝手だが、吉武よりも兄が消えた謎のほうが俺には重要だった。
解決の糸口がないからといって両親のように兄たちを忘れたくはない。
初めからいなかったかのように兄の痕跡から目をそらすことは出来ない。
吉武は俺を病んでいると決めてかかった。自分が俺を正常に戻すと勝手に付きまとってきた。
世界には色がなくて何もかもが色あせている。
まるで自分の髪の色のような白と黒。
そんな日々の中で俺は西宮珠次に出会った。
兄の作った時計をずっと珠次は見上げていた。
時間があれば見ていたいというので俺は自分の部屋に珠次を招待した。
俺の部屋にある時計も兄の作品だ。
部品を自作して時計を作る変人だったが俺は兄が好きだった。
目標にしたり成りたい年上の姿ではなかったけれど尊敬していた。
自分の言動に迷いがなくブレがない人だった。
生徒会長になっても兄に追いつけている気はしないし、兄たちを探し出すこともできない。
兄を忘れずに頑張ろうと思えば思うほど気持ちは空回りした。兄と比較すれば自分の感情の不安定さが目に付くし、自分自分ばかりで人のことを考えられない。
息子を失った親の気持ちを考えられずに両親を批難した。
幼なじみを心配する吉武の気持ちを感じられずに好意を弄んでしまった。
最悪のクズとして悪い噂を風紀委員長に流されても自業自得だ。
人を思いやる気持ちをなくしていた自分への罰だと甘んじて受け入れることにした。
自分の周りから人が消えても仕方がない。
上手くいかないことばかりで無駄に年をとっていた。
兄が消えたころから自分の精神年齢が積み重なっていない気がする。
自分自身を持て余していたそんな中で兄たちのことを知らない珠次は俺にとって貴重な癒しだった。
外部から進学して友人の一人もいない後輩。
そう思って俺は珠次を構っていた。
一人は淋しいという気持ちを珠次で紛らわせていたのかもしれない。
学園の人間は俺の兄の件を知っている。
無駄に気を遣ったり吉武のように変に気を回す。
どれも俺を窮屈な気持ちにさせるので何も知らない珠次は楽だった。
母親が家に家政婦などの人を入れるのが嫌いなのに家事が苦手らしく珠次が家のことを覚えるようになったらしい。
のんびりしているから勝手に何もできないと思っていたら料理をテキパキ作ってくれた。
忙しさに後回しにしていた掃除なんかも気づくとしている。
何もしないでずっと時計を見ているとばかり思っていたので珠次の無言の優しさに感動する。
自分がしたことがどれだけ大変だったのかと恩を着せられることは多々あったが珠次のような人間は初めてだ。
すこしの期待を込めて俺は珠次に親切にしてくれる理由を聞いた。
この時には無自覚とはいえ好きになっていた。
珠次は親切な振る舞いをしたつもりはないと言った。
パンダ部屋に連れてきてくれたお礼だとはにかんだ。
モノクロな面白味のない部屋をパンダと断言するセンスと照れている珠次は最高にかわいかった。
珠次と恋人になってしばらくして、俺は自分の知らない自分に振り回されることになる。
兄が性欲とは無縁な人だったから俺も自分は性欲が薄い人間だと思い込んでいた。
珠次を好きになって兄の不在に気分が塞ぎ込んだり、自分を兄と重ねようするのをやめた。
その結果として俺は俺になった。
そのことが最悪の事態を引き起こす。
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