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恋人はそこそこ家事が好き1-3

 巻き込まれている対戦相手からすれば最悪かもしれないが今のところ苦情はない。  俺の親衛隊に所属している人間だから俺に甘いんだろう。有り難いことだ。    時折、吉武が混ぜてほしいのか空き教室に入ってこようとするが親衛隊とゲームをしていると言って断っている。  吉武は弱いくせにそれを認めないので相手にしていて面倒くさい。  巳屋敷とは実力が拮抗しているので勝ったり負けたりを繰り返している。  時計を見てあまり遅くなりすぎないようにしてくれるのも助かる。勝負を中断した場合はゲームに意識がいっていることもあり珠次をすぐに押し倒さないと死ぬというほど切羽詰まった気分にはならない。    どうしても首筋を見ていたら舐めしゃぶりたくなるけれど、不安感に後押しされているわけではないので余裕がある。  余裕をもって夕飯を摂って、勉強を教えて、珠次が自分の部屋に戻るか俺の部屋に泊まるのか答えを待てる。  シャワーを浴びたら俺の部屋に泊まる。  エッチはしたりしなかったりだ。  俺さえ暴走しなければベッドの中で手を握り合って「べあべあ」と言い合ったりする。  ときどき疑問系な声音の「にゃー」が混じったりするが「今日はこのまま寝よう」みたいな意味合いの「べあべあ」で電気を消して寝る。    我に返ると何してんのかと言いたくなる時もある。  学園内で会った時は普通に話しているので「べあー」と「にゃー」だけのやりとりには疑問もある。  それでも、ティッシュをとってほしいとかお茶のおかわりがほしいとか「にゃー」で通じてしまう。  お礼もありがとうではなく「べあー」を弾むような言い方をすることで済ませている。  俺たちは大抵のことを「べあー」と「にゃー」のイントネーションの違いで分かり合えていた。  自分たちの間だけで通用するルールみたいなものが心地いいのか逃げているだけなのか、本当のところはわからない。    珠次に感じる心地よさが俺の兄のことを知らないでいてくれるから発生するものなのか、兄が何も関係ないのか判断できない。  俺の部屋に来るたびに時計を見ている珠次はそれを作った人間が俺の兄であり行方不明だと知ったらどういう反応をするんだろう。  大半の生徒たちのように憐れんでくるのか。  それとも、俺のことを面倒だと思って去っていくのか。    そもそも俺は珠次にどこを好かれているのか聞いたことがない。  俺の部屋以外でなら普通に話している。  放課後に生徒会室に行く前に世間話として自分のどこが好きなのかと聞いてしまえばいい。  簡単なことのはずだが出来ない。  邪魔しているのはプライドではない。  被害妄想のような恐怖心が先行している。  実は好きではないとか以前は好きだったけれど今はもうそこまで好きではないと答えられたら死ぬ。    絶望は寄せては返す波だ。  遠ざかったと思っても絶対にまた来る。  幸せな未来を想像してみても絶望という波によって崩れ去ってしまう。  俺が落ち込んでいればいるほど事態は悪い方に行く。  暗く沈んだ人間を元気づけるのは一度ならいいが何度も続けばいい加減にしろと言いたくもなる。  ネガティブな人間はうざったい。  吉武が唐突にキレだすところを見ているので俺は自分の悪い面を自覚しているつもりだ。    いつでも俺は落ち込みすぎたり考えすぎたり情緒不安定だ。  だからこそ、動揺を顔に見せることがない自分のペースで生きているように見える珠次に惹かれる。  俺が頼むまでもなくパジャマの用意をしてくれたりする珠次はすごい。  器用なのか時間の使い方が上手いのか珠次がいるだけで生活が快適だ。  気持ちの面で癒されることも多いが俺がセンパイだということを抜いても尽くしてくれる。  大げさに喜ぶのは柄ではないから反応を返すことが少ないが珠次は気にしない。  俺が褒めたり持ち上げたりすることがなくても俺のために動いてくれる珠次にときめく。    風紀委員長と付き合っているらしいから吉武に惚気ても構わないだろうと珠次のことを語った。  するとなぜか怒られる。  都合のいいやつだから珠次をそばに置いているだけで好きでもなんでもないと言われた。  珠次が何もしなくても俺は珠次が好きだが、吉武の言い分も理解できる。  俺は珠次の負担を減らすために親衛隊とゲームをする回数を増やした。  夢中になりすぎて帰るのが遅くなることが増えたけれど珠次は夕飯を食べずに待っていてくれる。  愛されているような気がしてじんわりと幸せを感じていたが、吉武に嘲笑われた。    親衛隊と浮気をしているという噂が立っているのに何の反応も珠次は見せない。  それは嫌われている証拠だという。  嫌っている人間と付き合ったり部屋で夕飯を作って待っていたりはしないはずだ。  だが、吉武は珠次がいやいや俺と付き合っているのだと主張して譲らない。  考えて胃が痛くなって珠次を玄関先で押し倒す。  癒されて幸せな満足感を得られるものの、珠次に嫌われるかもしれないリスクに吐き気がする。  すでに嫌われているのかもしれないという想像は俺の気にしすぎだと思っていたが、吉武のせいでリアリティが出ていた。  嫌ってはいなくても俺が好きなほど珠次は俺を好きじゃないかもしれないとは思う。  つきまとう不安感は珠次といちゃつかないと消えない。    ひどく微妙なバランスの精神状態の中で転入生がやってきた。  俺の大嫌いなタイプの詮索したがり男だ。  女性ならまだ許せるが男でぐいぐいやってきて根掘り葉掘り聞こうとする人間は信用できない。  他人の言動に口をはさむ根性が気に入らないので仲良くなるのは無理だ。    初対面で今後の接触はゼロだと判断した相手と俺はキスすることになる。  悪夢の始まりだ。

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