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会長は俺と別れたくないらしい1-1
笹峰明頼がいっそひと思いに殺せと言わんばかりの顔をしているので「別れましょうか」と提案すると表情は目に見えて悪くなったというよりも呼吸が止まっていた。
驚いた時の表現で息をのむ、なんていうけれど、のみこみすぎだ。
みぞおちを殴ると呼吸が再開できるようになったのか笹峰明頼は咳き込んだ。
パンダは大雑把に見えて繊細なところがあるので、この展開は驚くに値しない。
「浮気はしても俺をキープし続けたい?」
「うわ、きした、ことはない。浮気なんかしない」
うつむいているので表情は見えないけれど、たぶん涙目じゃないかと思う。
いろいろあって気だるい朝にビクビクしながら俺の様子をうかがっている時がある。
台所に立って作った目玉焼きを見せると安心したように朝食をとる。
これは朝にどうしても目玉焼きが食べたいとかではなく俺が怒っていないか怯えていたんだというのはわかっている。
発情期のパンダの荒っぽさは知っているので笹峰明頼の行動はとりたてて驚くものでもない。
生物はパンダに限らずバイオリズムというものがある。
人間は万年発情期と言われるように特定の周期で性行為をするのではない。きっかけさえあれば毎日したいという欲求を抱えるのはそれほど不思議なことじゃない。
「性欲の発散に俺だけでは力不足だった可能性はきちんと考慮しています」
笹峰明頼が気遣いの人だと俺は知っている。
だから、性欲を他で発散して俺に負担をかけないようにしてくれている可能性には思い当っている。
浮気をしていると聞いたら俺が傷つくと思って浮気の事実を否定することまで含めた気遣いは当然あるだろう。
笹峰明頼を嘘を吐かない人だと信じてはいるけれど、同時に俺のことを尊重しようと思っていることも感じている。
つまり「恋人に浮気されている西宮珠次」という不名誉な存在を作らないための浮気の否定。
俺のプライドを守るがゆえの嘘なら笹峰明頼も口にするかもしれない。
自分を守るための言葉はうまく発せられなくても俺を守ってのものなら偽者の姿を演じてしまう気がする。
心苦しくても俺に嫌な思いをさせないためなら笹峰明頼は自分が泥をかぶる。
そういうことが出来ると知っているからこそ愛想を尽かすとか嫌気がさすとかいう気持ちが湧かない。
牧田と横道が「終わりだ」「会長は悪くないんだ」と仲良く床を転がったり、転入生である東町が笹峰明頼が自分を好きで付き合っていると主張しても、元彼が俺と笹峰明頼は愛し合っていない偽物の関係だったと言っても、俺に不満はない。
不満というのは足りていない状況のことだ。
満たされていない現実による心の動き。
「俺は別れてもいいし、別れなくてもいい」
「主体性がなくてイライラする。結局、こいつのことが好きでもなんでもないから、そんなことが言えるんだろ!!」
元彼にキレられる。
言葉の裏を考えると笹峰明頼の元彼は別れたくないということを自分が言ったか、笹峰明頼に言われたんだろう。
過去の二人のやりとりは知らないけれど、どちらにしても俺には関係がない。
俺が元彼の考える範囲外の行動をとったから、変だと苛立っているがそれもそもそもおかしな話だ。
誰も彼もが同じ状況で同じ行動をとるわけじゃない。
同じ考えばかりじゃないからこそ人は衝突するかもしれない。
だからこそ、理解しあえた時の喜びは大きい。
人間関係の摩擦は少ないに越したことはないかもしれない。
それでも、誰もが同じ方を向き、同じ発言をするべきだという考えは多様性の否定で受け入れがたい。
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