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会長は俺と別れたくないらしい1-3
笹峰明頼は俺に対して何かをしてほしいという要望をしない。
俺に自然体でいてくれていいと無言で示してくれる。
そばにいて居心地がいい相手だ。
「俺に主体性がないってセンパイは言いますけれど、具体的にどこですか?」
「こいつに振り回されて自分の意見を口にしてないんだろ」
「センパイの言う通りなら主体性がない状態に該当するかもしれませんけど、俺はずっと俺の意見を返し続けています。逆にあなたがたの望む答えじゃないせいでこんなにも何度も同じ問いかけをされ続けました」
「問いかけ?」
笹峰明頼が首をかしげるので俺は「笹峰会長を本当に好きなのか?」と聞かれ続けた言葉を口にする。
今まで笹峰明頼に親衛隊長や元彼からそういったことを聞かれているとは話していない。
意外だったのか目を見開いて驚いている。
「俺は恋人であることが答えでしょうっていつも言っています」
「だよな!!」
ものすごく嬉しそうに笹峰明頼が笑う。
髪の艶があるせいかキラキラと輝くオーラが見える。
恋人である笹峰明頼に通じても元彼にはわからないらしい。
べつに分からない人間に分かってもらおうとは思わない。
恋愛感情なんて千差万別で誰とでも分かち合うご楽じゃない。
多少の共感はあっても完全一致など双子の兄弟だって無理だ。
「恋人になったからって悩みから解放されるわけじゃないっ」
「ご自身の体験談ですか」
ちょっと嫌味な返しかと思ったが「風紀委員長は甲斐性なしなのか?」と笹峰明頼が元彼に聞くので疑問が湧く。
笹峰明頼は無神経な人間じゃない。だからこそ俺の発言に乗っかるのは不自然だ。
「あいつはお前とは全然違う!! 一緒にするなっ」
「一緒にされて困るのは俺の方だって言ってるだろ。吉武のことは今も昔も幼なじみとしか思っていない。それ以上にも以下にもならない」
呆れたように元彼ではないらしい吉武センパイを見る笹峰明頼。
ハッとした顔で俺に視線を向けて首を横に振るので俺は首を縦に振る。
今のやりとりで笹峰明頼が一方的に愛されていたのは分かった。
いろいろと不審な点は多かった。
吉武センパイが異様に笹峰明頼を悪く言ったり、俺をわざと揺さぶったりする言葉を投げかけることがおかしいと思っていた。
普通は元彼として後輩の前に現れたりしない。
アドバイスをされた記憶は一切なく自分の持て余した感情の処理を俺に押しつけてくるばかりだった。
「言いたくないから言わないでいたいけど……吉武、はずかしくないのか?」
「デリカシーゼロか!」
「珠次が『さすがに面倒くせえな、こいつ』って顔するレベルで押しかけてたんだろ。後輩イジメか?」
「西宮珠次をお前が好きになった理由はなんだよ。どこがいいんだ、コレの。こいつでいいなら……」
「聞きたくないから聞かないでいたけど……吉武はなんで俺のことが好きだったんだ?」
「気の迷い」
「じゃあ、自分が選ばれなかった理由を探そうとするのはやめろよ。酷い冗談でぬか喜びをさせたかもしれないけど気の迷いだったなら傷は浅いだろ」
「……それでも、冗談でも、付き合ってるってお前の口から言われたときに嬉しかった」
「そんな自分が許せない? でも風紀委員長と上手くいってるなら結果的に良かっただろ。俺とどうにかならなくて」
笹峰明頼は心の底から吉武センパイを幼なじみとしか見ていない。
侮辱しているつもりはなく幼なじみ目線で今の風紀委員長との関係を応援している。
それが未だに笹峰明頼への気持ちを引きずっている吉武センパイにつらいのは俺でもわかる。
同時に笹峰明頼の狙いも見える。
早く愛想をつかせてもらうために憎まれ役を買っている。
幼なじみだからこそ心置きなく風紀委員長と幸せになってもらうために嫌われてもいいと思っている。
その優しさはどうやら伝わらないようで「お前はホント最悪っ」と吐き捨てて走っていった。
笹峰明頼が「恋人に泣きつくのはいいが捏造は少なめだといいな」と遠い目をする。
きっと俺が聞いた笹峰明頼のネガティブイメージを風紀委員長にぶちまけて、風紀委員長が一般生徒に噂として流して定着してしまうんだろう。
俺にとって笹峰明頼は嫌な人間じゃない。
恋人としてもセンパイとしても吉武センパイが口にするような最低最悪の自分勝手男とは思わない。
吉武センパイの言葉はどれも俺の感じる笹峰明頼とは違う。
「初恋って男ですか?」
「え、は? ……は、初恋は幼稚園の先生かな? あ、女の先生! 男を好きになったのは珠次が初めてで、だから」
そうだろうとは思ったのでうなずく。
モテモテで酸いも甘いも噛みしめているなら、こんな修羅場で死にそうな顔をしたり吉武センパイに恨まれたりしないはずだ。
経験があったらもっとスマートに切り抜けられただろう。
初めてのことは誰でも上手くいかず手探りになる。
吉武センパイに向けた顔と俺に対するものがまるで違う。
俺に対してちょっとどもっているのは焦って空回りしているからだ。
なんでも無理に言葉にする必要はないと思う。
俺はわかっている。
「俺と別れたくないってことで、いいですね?」
「別れたくない! 絶対に別れたくない!! でも、もし珠次がつらいなら楽な状況を一緒に探したい」
俺が楽になるなら別れようと言わないところが笹峰明頼の愛だ。
笹峰明頼が楽になるなら別れてもいいと思った俺とは逆。
でも、根っこの部分の気持ちは同じ。
俺たちは相思相愛な何の問題もない恋人同士で黙って成り行きを見ていた転入生である東町が入り込む隙間はない。
それでも笹峰明頼は自分と付き合うべきだという主張を撤回する気がないらしい。
今のやりとりを見ていてそれが言えるんだから東町は大物かもしれない。
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