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第15話【不明(後編)】

 けれどこの状況でそんなこと、言える筈がない。椎葉の首が痛々しいのは事実だ。そんな中『包帯で隠さないで』と言う人は普通、いないだろう。  椎葉は、真駒が動揺する様を見たいのだ。真駒はそれに気付いていながらも、引き合いに出されているのが首なだけに……感情をコントロールできなかった。  隣で息を呑んだ真駒を振り返って、同僚が不思議そうな顔をする。 「真駒さんも、そう思いますよね?」  ここで最も正しい返答は【同意】だろう。真駒は傷付いた首に対する反応を、身をもって知っている。  ――けれど……椎葉には、隠して欲しくない。  言葉を詰まらせる真駒を、椎葉が満足そうに見下ろしている。 (どう、すれば……っ?)  真駒が口を開こうとした……その時だ。 「椎葉課長、おはようございますっ」  綺麗な女性職員が、椎葉の元へやって来た。  栗色の髪を長く伸ばし、身なりをきちんと整えた美女は、椎葉を見上げて雰囲気のいい笑みを浮かべている。  椎葉は女性職員に視線を移し、同じく笑みを浮かべた。 「本坂(もとさか)さん、おはよう」 「始業時間前で申し訳ないんですけど、一つ確認したいことがありまして……っ」 「あぁ、構わないよ」  椎葉が本坂と呼ばれた女性と歩き出したのを見て、真駒は安堵の息を吐く。  椎葉のデスクへ向かった二人を眺めて、同僚が真駒に向かい、小声で話し掛けてきた。 「知ってますか? あの噂」 「噂、ですか?」  最小限しか人と接していない真駒は、同僚に向かって小首を傾げる。真駒の反応は想定済みだったのか、同僚は特に驚いた様子を見せない。  同僚は嬉々として、口を開いた。 「本坂さんと椎葉課長が、デキてるって噂ですよ」 「…………え?」  思わず真駒は眉間に皺を寄せる。それもそうだろう。真駒は毎晩、椎葉とセックスをしているのだ。椎葉が誰かと、逢瀬を楽しめる時間を有しているとは考え難い。 「デキてるまではいかなくても、本坂さんの方に気があるのは確かですよね。最近の本坂さん、何かとアプローチかけてますし」 「そ、う……なんですか?」 「ヤッパリ、真駒さんは鈍いですね~! ほら、見てくださいよ」  同僚の視線につられて、真駒は椎葉と本坂が話している方向に視線を向ける。  仕事の話は終わったのか、椎葉と本坂は楽しそうに談笑をしていた。二人で笑みを浮かべ、何かの話題で盛り上がっている。  それを見ると……真駒の胸がソワソワと、妙にざわつく。 (二人が……付き合ってる?)  毎晩、椎葉から囁かれる愛の言葉を思い出す。満足そうに、意地悪く笑いながら……椎葉は何度も何度も、真駒に向かって『好きだよ』と囁いていた。  その告白は泣き顔に対して送られる賛美の言葉だと、真駒は受け取っている。  ――なら、本当に好きな人は……? (胸が、痛い……っ)  罪悪感とはまた違う、不可解な胸の痛みを抱えたまま……真駒は暫く、椎葉と本坂のやり取りを眺め続けた。

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