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第19話【現実(前編)】
真駒は、夢を見た。
椎葉の隣には、どこからどう見ても椎葉とお似合いな……本坂の姿がある。それが嫌で、真駒は慌てて椎葉に手を伸ばす。
すると椎葉は見せ付けるかのように、隣に並ぶ本坂を抱き寄せた。本坂は恥ずかしそうに頬を朱に染めた後、瞳に涙を浮かべる。
椎葉の口から、一言……呟かれた。
――『もう、君は要らないんだよ』と。
寝返りを打ったことで、体中に予想外の痛みが走り抜ける。悪夢にうなされた真駒は、眉間に皺を寄せて目を開いた。
昨晩、玄関先で突然椎葉に犯されて……そのまま意識を手放してしまったことを思い出した真駒は、軋む体を何とか起き上がらせる。
部屋の中には自分以外の人影が無い。どうやら、椎葉は不在のようだ。
(体、ベトベトする……っ)
何度、内側に椎葉の熱を注がれたか……真駒は憶えていない。けれど……内側では飽き足らず口腔に逸物を突き挿れられたことと、露出した上半身に飛沫を掛けられたこと……それは、かろうじて憶えていた。
汚れた体を洗おうと、浴室へ向かう。体が痛むせいで、その足取りは重かった。
浴室にある鏡を見て、真駒は自身の首元を手で触れる。
真駒の首は、自傷行為を繰り返していた時と同じく――それ以上に、痛々しい見た目になっていた。真駒自身が付けた引っ掻き傷と、椎葉によって付けられた噛み痕……真駒は鏡から視線を逸らす。
(仕事、行かなくちゃ……)
体をお湯で洗い流しても、頭の中には椎葉の姿がこびりついていた。
就業時間ギリギリに出社すると、既に椎葉がデスクに座っていることに真駒は気付く。
そして――椎葉の首に包帯が巻いてあることにも、真駒は気付いてしまう。
あれだけ痛々しい状態になっていたのだ。包帯を巻いて、当然だろう。むしろ今までそのままにしていたことの方が、不思議なくらいだ。
隣に座る同僚が、真駒に気付いて顔を上げる。
「あ、真駒さん、今日は遅か――えぇ!」
「わ……っ! お、おはよう……ございます」
突然声を張り上げた同僚に、真駒は驚いて身を引きかけた。同僚は真駒を見上げながら、驚いた様子でまくし立てる。
「全然駄目じゃないですか! 首、悪化してますよ! 職場で掻いてないから治ったのかと思ったら……家では掻いてたんですか!」
包帯を巻く時間が無かった真駒は、傷だらけになった首をそのままに、出社してきたのだ。昨日まで悪癖が治ったと喜んでいた同僚は、真駒の首を見て落胆している。
真駒は申し訳なさそうに眉尻を下げ、椅子に座った。
「すみません……今日は、時間が無くて」
「そういう問題じゃなくて……も~! 自分の体、大事にしてくださいよ!」
「す、すみません……っ」
パソコンの電源を付け、引き出しから書類を取り出した真駒は、同僚にぎこちない笑みを返す。
幸い出血は止まっている真駒の首は、以前のようにトイレで汚れを洗い落とす必要が無かった。
――だから、椎葉も寄ってこない。
椎葉の座るデスクの周りには、数人の女性職員が立っている。そこには、本坂の姿もあった。
不意に、今朝見た悪夢を思い出す。
『もう、君は要らないんだよ』
夢の中で言われた言葉なのに、思い出すだけで真駒の胸は締め付けられる。耐え切れず、真駒は突然……席を立った。
そんな真駒を、同僚が不思議そうに見上げている。
「真駒さん? 朝礼、始まりますよ?」
同僚のもっともな呼び掛けに、真駒は視線を向けずに返答した。
「ほ、包帯……鞄の中に、入っているので……ま、巻いて……きます……っ」
そう言って鞄を手に取ると、真駒は何かから逃げるように、男子トイレへと足早に向かう。その後ろ姿を、同僚が怪訝そうに見上げていた。
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