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第20話【現実(後編)】
最初は難しかった包帯の巻き方も、今ではすっかりお手の物だ。真駒は慣れた手付きで、自身の首に包帯を巻き付ける。
鏡に映る自分の姿に、真駒は思わず泣き出しそうになった。
柔らかさなんて微塵も感じられない、体。
今しがた首に巻いたばかりの、包帯。
不健康そうな、目の下のクマ。
今にも泣き出しそうな、情けない表情。
その姿を見て、椎葉と『お似合いだ』なんて……誰が言うだろう。
――それに比べて、本坂はどうだ。
膨らんだ胸。綺麗な顔。身なりを整えて、いつだって笑みを浮かべている優しい雰囲気。
社内一のイケメンだと噂されている椎葉の隣に立って、本坂なら見劣りしないのは……他人に関心の無い真駒でさえ、分かった。
そんな分かりきっていることに嫉妬するだなんて……真駒は深い溜め息を吐く。
(こんな関係、止めなくちゃ……)
真駒の存在は、椎葉を傷付けるだけだ。現に、真駒と取引を始める前の椎葉は、首に傷なんて負っていなかった。
泣き顔が好きなら、本坂でもいいだろう。
真駒は思わず、その場にしゃがみこんだ。
――すると、足音が聞こえた。
「朝礼、もう終わっちゃったけど?」
「ッ!」
顔を上げた先に立っていたのは……椎葉だ。
腕を組み、笑みを一切浮かべず真駒を見下ろす椎葉の瞳は、冷たいものだった。
「君の取り柄は、仕事熱心で真面目なところだと思っていたんだけど……ガッカリだな」
「す、すみません……」
「包帯、巻いたんだ」
口調は普段と変わらないのに、視線が冷たいせいで責められているように感じてしまう。
それなのに、真駒の胸は熱くなっていた。
(さっきまで、包帯巻いてなかったの……見て、くれてたんだ……っ)
女性職員に囲まれていたから、てっきり自分に気付いていたかっただろう……そう思っていただけに、真駒は不謹慎にも嬉しくなってしまう。
このまま、ずっと傍に居てくれたら……思わず、そんな期待をしてしまう程に。
けれど……椎葉の首に巻かれた包帯を見て、真駒は体を硬直させた。
椎葉の首を傷付けたのは、真駒だ。椎葉には傍に居て欲しいけれど、椎葉の傍に居る資格が……真駒にある筈がない。
真駒は両手を強く握り、俯きながら声を絞り出す。
「か、課長……俺、もう……や、止めた方が……いいんじゃ、ないかって……っ」
「何を?」
「……っ」
『取引を』……たった一言が、言い出せない。
もしも、椎葉が快諾してしまったら……真駒と椎葉は、ただの上司と部下に戻ってしまう。それは真駒の望む形ではあるけれど、望まない形でもあった。
真駒は体を震わせて、黙り込む。そんな真駒のことを、椎葉は黙って見下ろしていた。
口を開いては、恐怖から閉じ……また開いて、閉じる。俯きながらそんなことを繰り返す真駒と、何も言わずその場に立っている椎葉の間に、妙な沈黙が生まれた。
――そんな中、一人の女性職員の声が響く。
「椎葉課長~! お電話ですよ~!」
椎葉を呼ぶ女性職員の声が……本坂の声だと、二人は同時に気付いた。
本坂の呼び声に椎葉が一歩動いたのを、真駒は瞬時に感じ取る。
「行かないで……ッ!」
――気付けば、真駒は顔を上げていた。
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