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13.伸ばせぬ手
「――んせ……先生……神代先生!」
ハッとした剣治は、慌てて生徒達の顔を見回す。
土曜の昼近い日差しを浴びた生徒達は、皆一様に心配そうな顔をして、剣治を見詰めていた。
「また、ぼんやりして……本当に、どうかしたんですか?」
「もしかして、まだ体調が優れませんか?」
剣治は苦笑する。
「ごめん……僕は大丈夫だから、部活を続けよう。次は模擬試合を行う。審判は――近藤、頼む」
「はい」
返事をした生徒達は、わらわらと道場の端へ避けて行く。
試合はまず一年の出席番号が早い者から、順に組んで行く形式を取っている。
三年生まで回ったら、もう一度一年に戻り、今度は勝ち抜き方式で組む。
防具を着けた生徒達が、中央で竹刀を構え、近藤の合図で試合を始める。
他の生徒達と一緒に端へ移動した剣治は、こっそりため息をついた。
四日前――火曜日に病院で目覚めてから、ずっと、何かが足りない。
日曜日の夜に急患で運ばれたらしい剣治は、原因不明の高熱を出して、ずっと意識が無かった。
その熱のせいか、病院に運ばれる前、一週間ほどの記憶が曖昧になっている。
特に入院する一週間前、土~日曜の記憶はほとんど無い。
土曜には武道館で試合があったはずなのに、優勝したという結果しか思い出せなかった。
霞がかかった……とは良く言うが、剣治の記憶は、霞すら残らずすっぽりと抜け落ちている。
そのためだろうか……
何か胸の中にぽっかりと穴が空いてしまったようで、心が沈む。
何か、忘れてはいけない事を、忘れてしまったような――
剣治は無意識に、右の二の腕を握った。
……いつの間にかそこに刻まれた傷が、痛くはないはずなのに、疼いている。
医者は「野良犬に噛まれたのだろう」と言っていたが、なぜ犬に噛まれたのかさえも、剣治には思い出せない。
その犬が、どんな姿をしていたのかも……
☆ ★ ☆
一週間前――
優人の魔術で、チュールの神力を志郎に移した剣治は、すぐに高い熱を出して救急車で運ばれた。
急激に無くなった神力を補うため、代わりのエネルギーとして、剣治の体が発熱しているのだ。
目を覚ました時、剣治は前世に関する記憶を、全て無くしているだろう。
当然、志郎の事も――
目を覚ました剣治が神野家に関わらないよう、優人は意識の無い剣治を公園に運び、匿名で救急車を要請した。
救急車が来たのを確認して姿を消し、優人は急いで家に戻る。
チュールの神力を体に取り込んだ志郎も、当然、無事では済まなかった。
志郎の体に入れられた神力は、元の体に戻ろうと暴れ回り、体が張り裂けそうな苦痛を与える。
初めは光の癒しの神力で抑えていたが――
時間が経つごとに痛みは増し、志郎はベッドの上でもがき苦しみ、声にならない叫びを上げた。
痛みを抑え付けるように胸を鷲掴み、縮こまったかと思えば、苦しみに堪えきれず背中を仰け反らせる。
過ぎる苦痛に呼吸もままならないようで、何度も息が止まりそうになり、胃液の混じる咳を繰り返す。
胃の中にあった物は、すでに吐ききってしまい、胃液のツンとくる臭いが部屋に満ちる。
そんな志郎の姿を見ていると、こちらの方が辛くなりそうだ。
見舞いに来た徹も、やきもきして志郎を見詰める。
「優人……なんとかならないのか?」
優人は静かに首を振る。
「光の神力でも、もう苦痛を和らげる事はできない。……神力が志郎の体に馴染むまで、待つしかない」
悔しそうに唇を噛む徹の頭を、優人がぽんと叩く。
「志郎が自分で選んだ事だよ。志郎を信じて、見守ろう」
徹は志郎を見詰めたまま、渋々頷いた。
不意に、世流がため息をつく。
「……借りだからな」
そう言って進み出た世流が、荒く呼吸を乱す志郎の頭を固定し、深く息を吸って口付けた。
「――! ――? ――!?」
驚いて言葉を無くす徹の前で、世流は志郎の口内に無理やり舌を入れ、クチュクチュと唾液を絡めて水音を響かせる。
長く長く口付けた世流は、志郎が唾液を飲み込んで、やっと口を離した。
世流は疲れたように息を吐き出す。
「痛み止めの薬を飲ませました。痛みを完全に取る事はできませんが、気休め程度にはなるでしょう」
世流の言葉通り、ほどなくして志郎の呼吸は、だいぶ安定してきた。
神力を使って疲れたのか、世流がフラフラと徹に歩み寄る。
「徹……」
「ん? なんだ?」
徹の前で止まった世流は、逃がさないとでも言うように、肩をグワシッと鷲掴んだ。
「よ、世流……?」
「口直し!」
世流は有無を言わせず徹の頭を抱え、息をも奪う激しい口付けをする。
(優人と光先生が見てるのに~!!)
いくら徹がもがいても、世流は深く舌を差し込み、執拗に唾液を絡めた。
息苦しくなった徹が、抵抗を諦める頃。
まぶたを震わせた志郎が、寝苦しそうに唸り、ゆっくりと目を開ける。
「オヤ……ジ……?」
「っ! 志郎!」
徹と世流を見るともなく眺めていた優人が、ハッと志郎に駆け寄った。
どんな物言いをしようと、やっぱり優人は志郎の父親なのだ。
「親父……剣治は……? 剣治は……大丈夫……なのか?」
「あぁ、大丈夫だよ。……元々、神力なんて、人間には必要無い物だからね。神力の無い状態に体が慣れれば、すぐに熱も引くよ」
志郎は心の底から笑みを浮かべた。
「そっか……」
けれど不意に、志郎の頬を涙が伝う。
全員が息を呑む気配に気付いたのか、フッと体を強張らせた志郎が、頬の涙を片手で拭った。
そして、ぎこちなく笑った志郎は、片手で目元を覆い隠す。
「変……だな……剣治が幸せなら……俺も嬉しい……嬉しいのに……なんで、涙なんか……っ!」
志郎が悔しそうに唇を噛み締め、誰も、何も言えなかった。
「悪い……少しだけ……一人にしてくれ……」
☆ ★ ☆
光手製の弁当を食べながら、徹は大きなため息をついていた。
一昨日やっと志郎の体に神力が馴染み、もがき苦しんでいた様子が嘘のように回復した物の……
失った物は、やはり大きかったらしい。
志郎が普通に振る舞えば振る舞うほど、その空虚感はますます大きくなっていくようだ。
端から見ていて、正直、痛々しい。
もう何度目とも分からないため息が、徹の口から溢れ出す。
「お前が悩んでいて、どうする。いい加減に、そのため息をやめろ」
徹の向かいで食べていた世流が、さっさと箸をしまいながら、苛立たしげにため息をつく。
「お前だってため息ついてんじゃん」
「俺は、お前に呆れてんだよ」
バッサリと切り捨てる世流に、徹は少しスネて唇を尖らせた。
「俺だって、どうにもなんないのは分かってるよ! 分かってるけどなぁ……」
煮え切らない徹の言葉が尻すぼみになり、悔しそうに唇を噛み締める。
世流は軽く徹の頭に手を乗せた。
「お前の気持ちは分かる。けど、ため息ばかりついてたら、気持ちが落ち込むだけだろ?」
「うぅ~」
小さく唸った徹は、穏やかに諭す世流を見詰め、素直に頷く。
世流は優しく徹の頭を撫でた。
「お前の元気が無いと、俺達の不安も増えるんだ。だから、元気を出せ」
「……悪い」
少し笑った徹は、ため息の代わりに深呼吸をする。
「良し。まずはしっかり弁当食って、元気付けないとな」
「そうだな」
徹が改めてガツガツと食べ始めると、珍しい客が二人の所に来た。
「本当に君達は仲が良いんだな」
「あ、門神先輩」
最後の一口を飲み込んだ徹が、世流と一緒に、門神先輩に向き直る。
「先日は本当にありがとうございました」
「先輩のお蔭で、大事にはいたらずに済みました」
並んで頭を下げる二人に、門神先輩は苦笑して首を振る。
「僕の方こそ、信じてくれてありがとう」
門神先輩の晴れ晴れとした様子に、徹と世流は顔を見合せて笑った。
「俺達で良かったら、いつでも言ってください」
「それで――今日は、どうかしたんですか?」
胸を張る徹と、冷静に問い掛ける世流に、門神先輩は軽く頷く。
「今日は、二人に伝言を頼みたいんだ」
「「伝言?」」
門神先輩の言葉を繰り返した徹と世流は、互いに顔を見合せて首を傾げた。
「一体、誰にですか?」
「誰にかは、正直、分からない」
門神先輩は首を振る。
「ただ予知では、その誰かの目線になった僕が、君達を追い駆けるんだ。そして追い付いた僕に、一つのメッセージを渡す」
そのメッセージと言うのが、徹と世流に託される伝言らしい。
「伝言は『求めるものは、記憶の中に』だよ」
全く意味が分からない。
徹と世流は、揃ってまた首を傾げた。
「求めるものは、記憶の中……?」
「一体、どう言う意味ですか?」
問い掛ける世流に、門神先輩は苦笑する。
「意味は、僕にも分からない。けど……きっとその誰かに会った時、その言葉が意味を持つんだと思う」
一つ頷いた門神先輩は、何かを楽しみにしているような、嬉しそうな顔でにっこりと微笑んだ。
「僕はちゃんと伝えたから。今度も僕を信じてくれるなら、きっと相手に伝えてくれよ? 頼むな」
『求めるものは、記憶の中に』
この言葉が、切れかけていた運命の糸を繋ぎ止める、重要な鍵になる事を、二人はまだ知らない。
☆ ★ ☆
ブロロロロ……
そのバイク音を聞いた瞬間、剣治はハッと息を呑み、道場の窓に駆け寄った。
今一瞬だけ、脳裏に過った男の影。
顔が思い出せない、それでも大切だったはずの影を探して、けれど見付かるはずも無く……
落胆した剣治は静かにため息をついた。
「……先生?」
「何か……あったんですか?」
生徒達に声を掛けられ、剣治は初めて自分が泣いていた事に気付く。
なぜだろう?
思い出せないのに、涙が止まってくれない。
「……ごめん」
それは生徒達への謝罪だったのか、思い出せない男にだったのか――
剣治にも分からない。
部活を終えた剣治は、また静かにため息をついた。
その時。
「アオオオォォォォン」
まるで狼の遠吠えのようだった。
「狼……っ!」
また一瞬、誰か思い出せない男の姿が、脳裏に浮かんだ。
「アオオオォォォォン」
剣治の心が震える。
会いたい。
どこの誰かも思い出せないのに、それでも会いたくて堪らない。
背広に着替えた剣治は、居ても立ってもいられず、道場を飛び出し校門に向かった。
部室の陰に隠れていた近藤は、走って行く剣治の姿を見送り、ホッとため息をつく。
「全く世話がやける……あー、あー」
慣れない鳴き真似なんかしたから、もう喉が痛い。
近藤は苦笑する。
「頑張れよ、先生」
☆ ★ ☆
飛び出して来た物の、行く宛などない。
剣治は取り敢えず、一週間前に救急車で拾われた公園へ向かった。
部活の帰りだろうか、北王陣学園の制服を着た生徒達が数人、ちらほらと道を歩いている。
友達と談笑しながら歩く生徒達を追い越し、先へ先へと走って行くと――
道の向こうに、白い髪の学生が歩いていた。
『弟がいるんですか?』
『おう。アルビノで、兎みてぇな白い髪に、赤い目のイケメンだよ』
いつかの会話が剣治の耳に甦(ヨミガエ)り、無我夢中でその生徒に駆け寄る。
「まっ、待って!」
☆ ★ ☆
「門神先輩の言ってた、伝言を伝える相手って、誰だろうな?」
「さぁな。先輩はその時が来たら分かる、ような事を言ってたけど。――面倒な事にさえならなければ、良いが」
部活から帰る道すがら。
徹と世流は、昼に門神先輩から預かった伝言の話をしていた。
『求めるものは、記憶の中に』
門神先輩には恩もあるし、予知で視た事柄をないがしろにする積もりも無い。
けれど、伝言の意味も、伝える相手さえも、今の二人には分からない。
こんな状態で、頼みを叶える事ができるのか、不安になってくる。
そんな時だった。
「まっ、待って!」
初めは誰に言っているのか、分からなかった。
けれど、誰かの走る足音が聞こえてすぐ、世流は肩を掴まれる。
「待って……君は……」
すっかり息の上がっているその人を見て、徹と世流はハッと息を呑んだ。
ある意味で、今一番会いたく無い人。
「剣治さん……」
「? ――君は?」
思わず名前を呼んでしまった徹を、剣治は訝しげに見詰める。
……当然、剣治は徹の事も覚えているはずが無い。
「僕達は北王陣学園の剣道部です。声を掛けた事はありませんが、あなたは聖ヴァルキュリア学院、剣道部の顧問の方ですよね?」
すかさず世流が、さも『知っていて当然』と言うように、淡々と言い繕う。
まぁ確かに、嘘は言っていない。
「あぁ、そうか、剣道部の……」
納得したようにそう呟いた剣治は、不意に何かを思い出してしまったのか、目を見開いて硬直した。
「世流――と、徹――も、よろこ――ぶ――」
何かをなぞるように、小さな声でぶつぶつと呟いた剣治が、急に頭を抱えてしゃがみこむ。
「えっ!? ちょ、剣治さん!?」
慌てた徹は剣治の傍らに膝をつき、その肩を軽く揺さぶる。
苦しそうに顔をしかめる剣治が、肩を上下に動かしながら、荒い呼吸を繰り返した。
「あ、頭が……」
「剣治さん、大丈夫か!? どうしよう、世流?」
「どうしようって言ったって……」
困り顔をする世流を見上げて、剣治が喘ぎ喘ぎ唇を震わせる。
「神野……世流……」
ハッと目を見開いた剣治が、膝をついたまま世流に手を伸ばし、すがるようにブレザーの裾を掴んだ。
「そうだ、君は……あの人の弟の、世流君だ!」
これにはさすがの世流も、面食らっていた。
何が切っ掛けか分からないが、剣治は世流の事を、少しだけ思い出してしまったらしい。
「お願いだ、世流君。何でも良いから、あの人の事を……君のお兄さんの事を、教えてれ」
必死に頼む剣治に、徹と世流は顔を見合わせる。
「――あなたに教える事は、何もありません」
顔面蒼白になって息を呑んだ剣治は、すぐに両手を足の前につき、道に額を擦り付けるような勢いで土下座した。
「頼む! 僕は……どうしても、あの人の事を思い出したいんだ。――お願いします」
「ちょ……やめてくださいっ!」
珍しく慌てた世流が、剣治の前に膝をつき、頭を上げさせようとする。
れど剣治は、絶対に頭を上げなかった。
「お願いします、あの人の事を――」
「……兄は、あなたが思い出す事を望んでいない」
辛辣な世流の言葉に、剣治の肩がビクリと震え、おそるおそる顔を上げる。
「そ……んな……どうして……」
「兄は、あなたとの関係を絶つために、あなたに酷い事をしました。……もう、あんな兄の事は、忘れてください」
打ちのめされた顔をした剣治が、言葉を失う。
「そんな……嘘だ」
「嘘なんてついて、どうしろと言うんですか。兄の事は忘れてください」
信じられずに瞳を揺らす剣治が、無意識に腕の傷痕を握り締める。
『忘れろ』
剣治の頭の中に、誰かの声が響く。
誰の物かも覚えていない、けれどきっと、あの人の声が――
『忘れろ』
剣治は涙を流し、首を振った。
「嫌……です。忘れたくない」
世流が痛そうな顔をして、剣治を睨む。
「兄はあなたを傷付け、苦しめたんです。忘れてしまったのなら好都合……そのまま忘れてください」
剣治は首を振る。
「違う……」
「違いません。忘れてください」
剣治はもう一度首を振り、自分を抱き締めるように二の腕をさすった。
「僕はあの人の事を覚えていないのに、身体が覚えているんです。あの人は、僕が不安な時、何度も優しく抱き締めてくれた。優しくて暖かい……志郎……」
最後に口をついて出た言葉に、徹と世流だけでなく、剣治本人も驚いた顔をしていた。
「……志郎……」
その名前を口の中にとどめようとするように、剣治は口元を手で塞ぎ、小さく繰り返す。
「志郎……」
パリンと何かが割れるような音がして、剣治の目が大きく見開かれた。
「志郎!」
急に立ち上がった剣治が、何かを探すように、キョロキョロと辺りを見回す。
「剣治さん……もしかして記憶が……?」
「志郎に会いたい」
頷くともなく頷いた剣治が、急に神野家の方に駆け出した。
「あ、剣治さん!」
とっさに呼び止める徹に、剣治は足を止めて振り返る。
その目に迷いは無い。
世流と徹は微笑んだ。
「おそらく兄さんは、家にいません」
「先輩から伝言です。『求めるものは、記憶の中に』確かに伝えましたよ」
笑って「ありがとう!」と答えた剣治が、どこかに走って行く。
「結局バレちゃったな」
「泣いて土下座までするんだから、仕方ない」
走って行く剣治を見送り、徹と世流は互いに微笑みあった。
☆ ★ ☆
『天気が良ければ、もっと綺麗なんだけどな。……俺の秘密の場所なんだ』
あの場所だ。
きっと志郎は、あの神社の裏手にいる。
初めて行った時はバイクだったけど、近くにバス停があった。
バスに乗るため、停留所に向かって走る。
動き難い背広はもうヨレヨレで、型崩れしているだろう。
今日は部活だけだったのだし、ジャージを着てくれば良かったと、今さらながらに後悔する。
けれど早く志郎に会いたくて、息が上がっても足を動かし、ずっと剣治は走り続けた。
そしてやっと停留所が見えた時、剣治の携帯が甲高い音を響かせる。
足を止めた剣治は、無視する事もできず、携帯を耳に当てた。
「もしもし……?」
『Hello,Tyr?(やぁ、チュール?)』
その声を聞いた瞬間、剣治はハッと息を呑んだ。
「ロキ!」
『やっぱり、記憶が戻ってしまったようだね』
剣治は胸がドキドキとし始めた。
なぜ記憶の事を知っているのか――
曇り初めた空のせいか、周囲の温度がグッと下がった気がした。
「どうして……僕の記憶が戻ったと、知っているんですか?」
『ん? それは、僕が作ったからだよ。君の記憶を消してしまう、魔法アイテムをね』
歌うように言うロキの、人をバカにする口調が、剣治を苛立たせる。
「あなたが……あなたが、僕の記憶を消したんですか!」
『そうだとも言えるし、違うとも言える。――君の記憶を消す方法を教えてくれと言ったのは、志郎だ』
突然重い口調になったロキに、剣治は目を見開き、言葉を失った。
志郎が――剣治の記憶を消した。
「ウソ……」
『神代剣治君』
ロキの声が、死刑執行を言い渡す死神のように、剣治の耳を突き刺す。
『もう、志郎には会わないでくれ』
突然鳴り響いた雷の音とともに、大粒の雨が痛いほど激しく降り始めた。
停留所に入って来た運命のバスが、剣治の目の前を通り過ぎて行く。
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