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第5話

「あと、これも一応言っておきたいんですけど、ちゃんとゴムつけましたから。二回とも、ちゃんと」 「なんかもうそういう話じゃないけど、ここまでくるとむしろそんなもんでもありがたいっていうか、待って、二回?」  今ものすごく聞き捨てならない言葉を聞いた。  なんだ二回って。酔いに任せた一回きりの話じゃないのか。覚えていない間に、なにをそんなに楽しんでいるんだ。  驚きのあまり、まるでノリつっこみのように聞き返した俺に、日野はよく見れば寝ぐせのついている髪を掻いて少しだけ視線を逸らせた。 「一回で治まんなかったからもう一回いいですかって聞いたら、卯月さんが『もー若い奴はしょうがないなー。いいよ』って」 「良くない……全然良くない……」  まさかの俺発信とは。本気で泣きたくなってきた。なんで煽ってるんだ。酔っ払うと陽気になる癖は知っていたけれど、あまりに斜め上に陽気な酔い方で当の本人が困惑する。  日野が喋るたびにクエスチョンが増えて圧し潰されそうだ。 「うあー、すっげー酒飲みたい気分」 「……付き合いましょうか」  思わず頭を抱えて呻く俺に、日野はぽつりとそんなことを言ってきた。そのあまりにあまりな申し出に、呆れて顔を上げる。酒が飲みたくなった原因が、その酒に付き合うのはもうマッチポンプですらない。 「いや、さすがにこの流れでまた二人飲みはないから」 「つーか、責任取ってお付き合いしましょうか、って。ことなんですけど」 「……は?」  昨日それで失敗しているのに、また同じ状況を作ろうとするわけないだろうと呆れていたけれど、返ってきた答えは予想以上にとんでもないものだった。  二人で飲むのだってありえないってのに、なんでここで「付き合う」という選択肢が出てくるんだ。どういう頭をしてるんだこのバイトくんは。 「なんか、昨日ヤったこと後悔してるみたいな言い方するから。だから、責任取るって形でいいんでちゃんと付き合いましょうって」 「責任取るって、責任もなにも酔ってやったことなんて覚えてないし、そもそも酔っ払ってるからってなんで男同士でそういうことをしようって話になったのかさえ」 「あのさぁ」  変なところだけ真面目なのか、明後日の方向に解決の仕方を探す日野に困惑が深くなる。どんないきさつがあればそんなことになるのか、さっぱり見当がつかない。今までどれだけ酔っていたってこんなやらかしはなかったのに、よりにもよってどうしてバイトくん相手にそんな未知の世界の扉を開いてしまったのか。  再度頭を抱える俺の言葉を遮るように、日野は少々乱暴に声の調子を強めた。イラつきが声に滲む。 「なんでもなにも、好きな人が家来た上にいいって言われたら、多少酔ってようがヤるでしょ普通」 「…………はい?」  話が話だからもうちょっとボリュームを落としてくれと慌てて注意をしようとして、止まった。  今、とんでもない単語が引っかかった。さすがに聞き流していい言葉じゃない。  俺があまりに驚いた顔をして止まっていたからか、日野が眉をひそめて俺の顔を覗き込んでくる。 「なんですか」 「……日野って、俺のこと好きなの?」  そういう感情面は、まったく考えなかった。ただ単に酔っぱらっての過ちというか、やらかしてしまった騒ぎの一つとしか思ってなかったんだけど、それ以外の気持ちがあったってことか? 「そりゃそうっすよ。それとも卯月さんは好きじゃない相手ともヤるんですか?」 「しないけど……いや今回の場合は例外として。え、いやいや、え? あの、好かれるようなことをした覚えがないんだけど」  それは考えるまでもなく当然で、俺の方がなにを言ってるんだって顔で言われて、頭を掻いて苦く笑う。好かれるどころか、挨拶以外であんまりまともに話した覚えがない。会社の飲み会の時は全員に声をかけるようにしてるからそれなりに会話をしたかもしれないけど、それだって別に深い話をしたわけじゃない。そんな関係の中に、特別好かれる要素が見あたらないのに、なにをもってして好意を持ったと言うのか。 「昨日は好きって言ったらなにそれおもしろいって嬉しそうに笑ったくせに」  むーっと口を尖らせて子供っぽく膨れた日野は、次々と気になる言葉を吐いてくれる。さっきまで余裕の態度を取っていたと思ったのに、まったくもって難しい年頃だ。

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