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第6話

「昨日?」 「卯月さんは覚えてないかもしれないけど、ちゃんと告ってからヤりました。俺が、『卯月さんのこと好きだから抱かせてください』って言ったら、『なにそれおもしろい。いいよ』って」 「俺、別人格でもあるのかな……」  ここまで自分の酒癖が悪いとは思わなかった。少しだけ引いていた頭痛がまた戻ってきた気がする。 「あるんじゃないですか。だって卯月さんめちゃくちゃエロかったし」 「そんな報告いらない」  慰めるつもりなのか本心なのか、わからないけど余計な報告はいらない。特に男にエロいと言われて嬉しいわけがない。そしてなにを根拠にそんな言い方されているのかも考えたくない。  本気のお断りが通じないのか、それとも呆れすぎて表情が上手く作れていないのか、なおも日野は俺に俺の様子を伝えようとしてくる。 「いやでもマジでエロかったんですって。こう、普段は仕事バリバリって感じなのに、ベッドの上だとすごく可愛くて、それとのギャップで余計……」 「いい。詳しく語らなくていい。知りたくないから」  自分が男にヤられてどんな反応をしたかなんて、人生の中で知らなくていいことのトップ10に入るものだ。こうなるといっそ、記憶がなくなるほど酔ってて良かったとさえ思えてきた。 「じゃあやっぱ俺ら付き合いましょ」 「……はあ?」 「で、今度はちゃんと意識のある時にすれば、いい感じに思い出すかもしれないし、そうじゃなくて相性良かったし」 「なんか、すげージェネレーションギャップ感じるなぁ……。俺も年かな」  なにが「じゃあ」なのかはさっぱりわからないけど、話が通じないということは存分にわかった。若い若いと思っていたけれど、俺もだいぶ年を取ったらしい。若者の考えが全然わからない。 「ともかく、酔っぱらってやらかしたのは俺が悪かった。だからすべて忘れてくれないかな。ほら、一夜の過ちってことで」 「だから、そんなのイヤですよ!」  なんだかもう色々面倒になって、そういうことでネクタイと時計を返してくれ、と軽く笑って手を出したら、全力で拒否をくらった。  近くを犬の散歩で通っていたおじさんが日野の出した大声にびっくりして立ち止まってしまったから、なんでもないですと営業用の笑顔で去っていただく。こういうスマイルには自信があるんだ。……と、それをこんなところで使う必要はまったくないんだけど。  おじさんが遠くに行くまで沈黙を保っていた日野もさすがにトーンを落とし、少しこびるように俺を見つめ上げてきた。 「だって、ほら、一回距離縮まっちゃったし、それなのにまた挨拶だけの関係に戻んのとかきつい、です。俺は、もっとこうやって、仕事じゃない時も卯月さんに会いたいし、もう一回春海って呼びたい」  どこか照れたように頬を掻きながら、日野が俺から目線を外してぼそぼそと語るから、別人のことを言っているんじゃないかと心配になった。だってまったくもって心当たりなかったから。あとさらりと混ぜられた新事実にも触れはしないけど冷や汗は出た。名前で呼ばせたのかよ。  本当に、意味がわからない。この、女の子を途切れさせたことがないようなイケメン大学生が、俺のことを好きだって? 「……俺、本当になんかした? そこまで言われる覚えが全然ないんだけど」 「つか、積み重ね?」  接点はほとんどない。それなのにここまで好かれるなんて、一体俺はなにをしたんだろうと不安になる。うちの部署にだって、多くはないけれど女子はいる。むしろ日野のもとに女子社員が集まってくる。そうじゃなくたって日野だったらもっと同じくらいの年の女の子がいくらでも選び放題だろうに。なんでわざわざ俺なんだ。  そんな疑問を抱えたまま見た日野は、腕を組んで小首を傾げてみせた。 「これっていう一つがあるわけじゃないんすけど、たとえばどんな時でも笑顔だなぁとか、それって自分が楽しいからだけじゃなくて、周りの空気を考えてるんだろうなとか、だから色んな人の色んなとこちゃんと見てるなとか、仕事バリバリこなしてんのかっこいいなとか、俺がミスした時にさらっと助けてくれたのも、それを気にとめてないのも、すげーなって思ったし、でも上の人に本気で怒られた時はちょっとしょぼんとしてるのは可愛いかったし、むしろちょっとした表情とか仕草がすげー可愛いし、そういうのが俺ん中で、こう、積み重なっていって『あ、好き』みたいな。で、そう思って見てたら段々『抱きたいなこの人』って思うようになって、昨日の告白に至りました」  当たり前のことを言うみたいにつらつらと理由を並べ立てる日野は、本当に嬉しそうに俺のことを見る。その言葉はもとより、その視線がくすぐったくて、非常にリアクションに困った。 「……日野って、ものすごく俺のこと見てんのな」 「そりゃ、まあ」  照れる気持ちを表に出さないようにしたら、変な仏頂面と妙に低い声になってしまったけど、日野も照れたようにそっぽを向いていたから気づかれてはいないはず。  だって恋愛感情は別として、褒められるのはやっぱり嬉しい。しかもよく見てなきゃ出てこないようなことをこうもスラスラ挙げられると、褒められるのが好きな俺の中で日野の評価がだだ上がりしてしまった。実はいい奴なのかも、とさえ思ってしまった。そうか。睨まれていると思っていたのは好意による熱視線だったのか。  それこそ、昨日の夜のことがなければ友達になれたかもしれないのに、とまで思ってから、すぐにその夜になにがあったかを思い出して、いや思い出せずにテンションが下がる。  そうだった。知らないうちに俺、こいつにすごいことされてたんだった。ゴムがどうとか、二回がどうとか。  やっぱり気を許しちゃいけない相手だ。  と、改めて思い直した時、隣の日野が勢いよく立ち上がった。そして俺に向き合うと、まっすぐ目を見つめてきて。そのまっすぐすぎる視線に、思わず息を飲む。

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