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第7話

「好き、です、卯月さん。卯月さん的には順番逆に感じるかもしれないですけど、でも本当にマジですから。お願いします、付き合ってください」  立った時と同じくらいの勢いで頭を下げられ、その妙さにちらちらと周りの視線が刺さる。特に親子連れの視線は痛い。 「とりあえず、目立つから座れって」 「イヤです。卯月さんがオッケーしてくれなきゃ座りません」 「え、困る」 「オッケーしてくれなきゃ座らないし時計も返しません」 「ちょっ、それは違うだろ!?」  ともかく話の内容も聞かれたくないし目立ちたくもないから大人しく座ってくれと焦る俺に、日野は次々と無茶なことを言い出した。なんだその脅迫まがいの交換条件は。 「ぶっちゃけ、時計を返してほしかったら俺と付き合ってください」 「日野……お前って」  こんな告白の仕方があるだろうか。仕事上厄介な客にもたくさん会ってきたけど、これは別種の厄介さだ。  目立って困るのは日野だって同じだろうに、それを取引材料にするなんてとんでもない奴だ。 「いいじゃないっすか、一回、つか二回ヤっちゃってるんだし付き合うくらい」  そして俺の反応が鈍いとなると、むくれた顔でその話を持ち出す辺り、単純というかなんというか。淡々と仕事をしているところを見ると大学生にしては大人びているなと思っていたけれど、実のところは意外と子供っぽいのかもしれない。それともこれが年相応なのか。 「いいんですか。早く頷いてくれないと周りに言いますよ。俺とヤったって。その証拠に俺の部屋にこれ置いていったって」 「まっとうに脅迫するなよ、恐い奴だな」 「脅迫でもなんでも付き合えばこっちのもんです」 「お前その顔でそういうこと言う……?」  普通にモテて付き合う相手も困っていないだろうイケメンが、三十路手前の男と脅してでも付き合おうと必死なのはどういうことなんだ。  正直、その脅しが子供っぽいからかそこまで危機感は覚えない。けれど、無視できるほどの笑い話でもない。  お互いの利益だけを主張し合えば平行性になる取引を成功させるためには、損をしない、または最小限な妥協点が必要だ。  この場合俺が手に入れたいものは、周りにこのやらかし話がバレないことと、時計。そして日野が目的とするのは俺と付き合うこと。  人質ならぬモノジチを取られている俺の方が立場が弱い分譲歩しなきゃいけない点が多く、ならば。 「……わかった」 「え、じゃあ……!」 「喜ぶのは早い」  ステイ、とでもするように喜色を浮かべた日野を手で制すと素直に黙られた。天気のいい公園ということも相まって、なんだか犬を相手にしている気分になる。 「お付き合いするという意味じゃなくて、『しばらく』付き合う。日野の企みに付き合ってやる。その間に俺の興味を引けるもんなら引いてほしい。心を動かしてくれ」  俺が取引に出すのは「時間」だ。そしてそれは今の俺が必要としているもの。  本来なら全部忘れてなかったことにしたいことだけど、それをなんとか受け入れて、全力で拒まない時間を作る。そういう譲歩。 「俺は昨日の記憶にないことは酔いゆえの過ちだと思っている。でも日野はそう思ってない。だからこの『しばらく』の間に俺の考えを変えさせられたらお前の勝ち。そのまま、いわゆる『お付き合い』に発展することになる。でもやっぱりどうやっても無理ってことになったら大人しく引いてくれ。そういう条件でなら、しばらくの間できるだけこちらからも譲歩する」 「……つまり卯月さんを好きにさせればいいってこと?」  少し考え込む仕草を見せて、俺の提案が飲み込めたのか都合のいいところだけ抜き取って瞳を輝かせる日野。 「まあ、そういうこと。無理だけどね」 「人間、無理と思わなきゃ無理なことなんてないんですよ卯月さん」  話が進んだからか、よほど自信があるのか、日野は唇の端を上げてみせる。皮肉っぽい笑い方だけど、顔がいいから変に似合っていた。しかも格言みたいなそれは、イケメンが言うとまるで決めゼリフのようだ。  まあ書類だけより面接でのアピールタイムがあった上での不採用の方が諦めやすいだろう。俺にとったら諦めてもらうまでの時間だ。 「じゃあ第一歩として」  これ返します、とだいぶ上機嫌そうな日野に改めてネクタイと時計を差し出されたから、受け取るために手を伸ばすとなぜかその腕を掴まれて。 「……~~っ!?」  力強く引き寄せられた瞬間、日野の唇が俺の唇に押し当てられた。それは俗に言うキスってやつで。 「な、なっ……!」 「絶対俺のこと好きにさせてみせますから、覚悟してください。その時はこんな軽いもんじゃ済まないですから。じゃ、俺仕事戻りますね。また後で電話します」  真昼間の公園でのありえない行動に、俺が舌をもつれさせ硬直している間に、日野は身を翻してさっさとビルの喧噪の中に紛れていった。  人に見られたかも、なんて今は考えられず、自分のものじゃない体温が残る唇を拭う気も、今はなれなかった。  ……どうしよう。判断を、誤ったかもしれない。  昼日中の公園で年下のバイトくんにキスをされ、それが案外鳥肌が立つほど嫌悪するものじゃなかったことに多大なる不安を覚え、俺は再び痛む頭を抱えたのだった。  そしてその頭の痛さは、その日の夜から本格的に続くものとなった。

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