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第8話

「あ、卯月さん。この後空いてますか? 飲みに行きませんか?」  仕事終わり、期待を込めまくったキラキラの……否、ギラギラの瞳を向けられて、俺は一瞬たじろぐように半歩下がった。  脅迫のような告白をされた昼休み、その後から日野の熱心なアピールは始まりを告げた。  俺を好きにさせるための努力として、とにかく自分のことを知ってもらうためにと二人きりで話そうとする。その誘いがストレートだし、躊躇いがなく行動が早い。確かに普段から(主に女子社員から)なにを頼んでも仕事が早いとは聞いていたけれど、それが自分へのアタックとなると話が違う。いや、俺へのアピールのためなのか、その仕事さえ前以上に熱心になって働くから、周りからはなにかあったのかと思われるほどだ。心なしか服装も緩くなくなっている気がする。  その勢いに押されてその後何度か昼飯は食ったけれど、仕事終わりの飲みの誘いには乗るわけにはいかなかった。  だってこんな目で見られたら、とてもじゃないが飲むだけで終わるとは思えない。その期待の色が、普段なら軽く誘いに乗ってしまいそうな俺をたじろがせるんだ。  考えてみてほしい。年下の男から、デートとその後の一夜を望んで声をかけられたらどういう気持ちになるか。  譲歩するとは言った。だけどそれは、あからさまに避けないようにするというくらいの気持ちで、決してノリノリでデートの誘いに乗るという意味ではない。  なにより、こんなに見事なほどに欲望が透けて見える誘いをかけられたらさすがに尻込みする。  たとえ暇だったとしても、素直にそれを口にするのは躊躇われるほどの強い意志のこもった視線に、自然と表情が硬くなる。得意の営業スマイルが休業している。 「あー悪い。この後取引先の人と打ち合わせがてら飯行くんだよ」 「そうっすか……。じゃあ明日は?」 「明日もちょっと都合悪い」 「そっか。じゃあまた今度」  俺の断りの文句を大して気にした様子もなく、日野はぺこりと頭を下げて帰っていった。  その背を見送ってほっと息を吐いた俺は、明日からの予定を再度見直そうともう一度深く息を吐く。  何度断ってもまったくへこたれずに誘いを入れてくる日野に対して、防御策としてなんとなく予定を入れてしまうのは仕方がないこととしても。それでもめげずに誘ってくる日野は思わずほだされそうになるくらい見事な根性の持ち主だった。  そんな風に、本当に忙しかったり、気乗りしなかったりと断り続けているとさすがに罪悪感が沸いてきて、そろそろラーメンとかファミレスくらいならこっちから誘ってみるかと思っていた日に限って、本当の予定が入るわけで。  降って湧いた急ぎの仕事にがっくりしつつも、いつもと同じように誘いをかけてきた日野を断る羽目になった。さすがに今日こそは、と思っていたから、タイミングの悪さが悔しくて歯がみする。 「悪い。今日は本当に遅くなるから」 「……『今日は本当に』?」 「あ」  今日だけは本当に誘いに乗る気はあったんだから、という思いを込めて両手を合わせて謝ったら、一瞬黙った日野が眉を潜めて俺の言葉を繰り返した。それで気づく。その言い方だと、今までが嘘だったって自供しているようなものだと。 「……わかりました」  その点について文句を言うかと思った日野は、けれどそれ以上はなにも言わなかった。明らかにテンションが落ちているっていうのに、責められないと逆に焦る。 「お先に失礼します」 「あ、日野……っ」  そうやって俺が戸惑っている間に、日野はことさらでかい声で告げて足早に出て行ってしまった。 「あいつ、なに怒ってんだ?」 「……さあ?」  同僚からの疑問の声に、俺のせい、とはさすがに言えず、ただただ言葉を濁したけれど。  さすがの日野もこれで諦めるだろうと思うと、妙に複雑な気分がしたのは一体どうしてなのか。  もやもやした気持ちは、ついに仕事が片付くまで、いや正直言ってその後もなくなることはなかった。

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