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第10話

「なあ、日野? まだ、登んの? いい加減目的を……」 「あ、卯月さん、ちょっと目つぶってください。で、俺がいいって言うまで開けないで」  会話もないままだいぶ登った辺りで、さすがに黙っていられずに先へ行く日野に呼び掛ける。明かりのない中、足元の悪い場所を革靴で歩いているからかかなりの距離を登った気がする。ちょっとした登山気分だ。  そろそろなんの理由でここを登っているのかぐらいは教えてくれと、息を切らせながら問うと、振り返った日野が答えにならない答えを返してきた。  まるで誕生日ケーキでも出てくる前振りのようだけど、残念ながら俺の誕生日はまだ先だ。そして山の中、しかも暗闇からケーキを取り出されても上手くリアクションできる気がしない。なにより疲れている今のタイミングでそんな誤魔化し方をされては、振り回されているこちらはたまったものじゃない。 「いや、だからなんでかを教えてくれって」 「秘密。ほら早く」  やっぱり答えはないままに急かされて、俺は仕方なく言われた通り目をつぶる。こんなことになるんだったら、早いうちに一回くらい適当に飯でも行っておけばよかった。個室じゃない場所で酒さえ気を付ければなんてことなかったんだから。  そんな後悔をしつつ、目を閉じたまま手を引かれて階段を上る。気だるそうな見た目と違い、握られた手は男らしくがっしりしていて、そういえばあの時も力強かったなと公園のことを思い出してすぐに後悔した。引き寄せられて力強さを感じた途端キスされたんだった。それなのに大人しく目を閉じた俺はもしかしてとても間抜けなのだろうか。  とはいえ幸い少し上っただけで階段は終わりだったようで、平らな地面にほっとしつつも歩を進めた。少なくとも今のところは突然キスされて、逃げようとするあまり山を転がり落ちることはなさそうだ。  そしてそんな風にして歩いたのもほんの数分のこと。 「はい、目開けて」  妙に弾んでいる日野の声でそっと目を開けると、まず暗闇。それから徐々に周りの視界が開けていることに気づき、「上見て」の声に空を見上げ。 「う、わぁ……すげぇ」 「でしょでしょ!?」  目の前に広がった満点の星空に、思わずふらついたところを日野に支えられた。  頭上に広がるのはプラネタリウムで見る程はっきりしていない、だけど生の迫力がある星空。  さほど田舎に来たわけでもないのに、小高い丘の上、しかも周りに明かりがないからこそ、都会でもこんなに星が見えるのか。 「俺の、とっておきの場所。卯月さんには、絶対見てほしかったから」  呆然と空を見上げたままの俺の手を引き、近くの石のベンチに導く日野の声が珍しいくらい弾んでいる。少し開けた広場の真ん中には無駄に立派な謎のオブジェがどんと建っているだけで、展望台というには色々足りないけれど、一応座る所ぐらいはあるらしい。  そこに座って再び空を見上げる。本当に見事な星空だ。あれが何座でこっちが何座、みたいに詳しく語れるほどロマンチックな性格はしていなくても、さすがにこれは見惚れてしまう。 「感動してくれた?」 「不覚にも、かなり」  見事な不意打ちだ。どうやったら誘いから逃れられるかばかり考えていたから、実際日野がなにを考えて俺を誘ったりどこへ行こうとしているのかなんて深く考えもしなかった。だからこそ、こんな場所に連れて来られるのは予想外で、まんまと心が動いてしまった。  あからさまなデートスポットだったら、きっと俺はさっさと帰っていただろう。だからこそ、本当にしてやられた、という状態だ。 「飲みに誘っても来てくれないし、デートしたくても出来ないし、譲歩するとか言っときながらぶっちゃけ卯月さんが俺から逃げてたのもわかってたし」 「いや別に逃げてたわけじゃなくて」 「でも毎日仕事終わりに忙しいのは嘘でしょ?」 「う……」  どうやら、色々と見透かされていたらしい。まあ、最後の方は理由を言いもせずにただ忙しいと断っていたから、よっぽど鈍い奴だって気づいたかもしれないけど。  それでも日野は変わらず誘ってきたから、ただ一直線に進むイノシシみたいな愚直な性格だと思っていたんだ。だからこそこの変化球にやられた。 「このまんまじゃどうにもならないから、だったらもう俺のとっておきの場所を披露しちゃおうと思って。それでダメだったら、俺の引き出しじゃあ卯月さんの興味を引けないってことだし、違う方向からアタックしないといけないから」 「……ダメでも諦めないんだ」 「諦めるのは、そうっすね。卯月さんが俺のことを心底嫌いになったら、かな?」 「そのバイタリティ、他の奴らにも分けてやってほしいよ」  ただのバイトくんとして接していた時は、いつも不機嫌そうで眠たそうで間違ってバイト先を選んでしまった今時の若者だと思っていたのに、まさかこうも熱心に俺に執着するとは思わなかった。なぜそんなに好かれるかという自覚がない分、本当に意外でしかない。

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