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第11話
「卯月さん」
関心と呆れが混ざり合った複雑な思いで再び星空を見上げた俺を、日野がつつく。
「ん?」
「感動してくれたなら、なんかないっすか。卯月さんなりのお礼とか」
視線をやった途端に、意味ありげに唇を強調する日野の目的はまったくもってわかりやすい。最初からそれを狙っていたとしても、男相手ってところはともかく気持ちはわかるし、懸命さに思わず微笑んでしまったから今回は譲ることにした。
「……ま、本当に綺麗だったから、特別ってことで」
むろん昼日中の公園とは違っても、いつ人が来るかわからない場所ではある。
ただいくら星空が綺麗に見えたとしても、こんな場所にわざわざあの道のりを超えて星を見に来るぐらい根性のあるカップルはなかなかいないだろう。人気はなく静かだし、ご褒美待ちの犬みたいな表情されたら放っておくのも可哀想だし今まで断り続けた罪悪感もある。
だから今回は特例だと唇を閉じると、待ってましたとばかりに日野がキスをしてきた。
しかも調子に乗った日野の舌が唇の合間から滑り込んで来ようとして、待て待てと慌てて唇を離す。
「ちょっ、そこまでは」
「ん、ダメ、もうちょっと」
引こうとした頭の後ろに手が回り、逃げられなかった唇に再び日野の唇が張り付いてくる。
もう一度舌をねじり込まれた時はさすがに眉をしかめたけど、星空の効果なのか懸命さにほだされたのか、最終的には受け入れてしまった。
残念ながらキス自体はそれほど嫌なものでもなく、そしてこればっかりは見た目の印象通り日野はとてもキスが上手くて。辺りが静かなせいもあって濡れた音が妙に体に響き、否が応でも気持ちが煽られて、気づけば俺の方もキスに夢中になっていた。
日野の息遣いや触れられたところから興奮が伝わってくる。それがうつってしまったのかもしれない。
いつの間にかどちらも止まれなくなっていて、酔ってもいないのに熱烈なキスの応酬をしていた時だった。
『わーキレー! でも疲れたぁー』
『まあ、俺のとっておきの場所だし、ここなら滅多に人が来ないしな』
「「!?」」
聞こえるはずのない俺たち以外の声が響いて、思いきり体が跳ねる。
楽しそうな話し声と足音がすぐ傍で聞こえて、人が来たと言う事実に、冷や水を浴びせられたように一気に現実に戻った。どうにも、ここは日野だけの隠れスポットではなかったらしい。当然だ。ベンチが用意されているということは座る人がいるということなんだから。
「卯月さん、こっち」
明らかにいちゃつく目的でカップルがやってくるこんな所で男二人がいたら絶対まずいし、色々気まずい。咄嗟に隠れる場所を探す俺の手を取り、日野がオブジェの後ろへ身を隠す。そして上がってきたカップルが星空に夢中になっている間に、暗闇に隠れてすり抜けるように階段へと戻った。そのまま立ち止まらずに全速力で階段を駆け降りる。
かなり下の方まで一気に下りて、やっと乱れた呼吸を整えることができた。
その時になって初めて日野に手を握られたままだったということに気づく。それに日野も気づいたんだろう。だけど手を外すことはなく、代わりに窺うように俺を見上げてきた。
「えーっと、これから、どうしましょ、っか」
「……家、来る?」
ものすごいタイミングで中断させられたせいか、このままじゃ治まりが付かない。だからと言ってここでさよならってわけにも、どこか店に入る気にもなれない。
そうなると行ける所は自分の家ぐらいだ。そう思ったからそのままの提案をすれば、日野は目を見開いて驚きの表情を見せてから、何度もこくこくと頷いた。
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