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第4話
「これが彩入さんの番ですか」
その日、彩入の姉が嫁いだ先の末息子が彩入の家に遊びに来ていた。
「そうだよサンザカ。名前は魚月。魚の月と書いて魚月だよ。歳も近いし仲良くしてあげて」
「……その言い方だと俺と彩入さんも年齢が近いことになりますけど」
「一五〇歳差なんて近いでしょう?」
「……まあ、そうですね」
ふう、とため息を吐き、サンザカと呼ばれた男――本名、山茶花はプクプクと膨らんでいる幼児の頬をつついた。
「坊、挨拶をおし」
「なつきでしゅ、……です! こんにちはっ」
「山茶花だ。偉いな、挨拶ができて」
「えへへへへ~」
褒められ、幼児は自分の頬に手を当て照れている。
「……可愛いですね」
「だろう? 子どもというのは無条件に可愛いものだよ」
えへえへと照れている幼児の頭を撫でて彩入は「坊、可愛いって、サンザカが褒めてくれているよ」と余計に照れさせる。
「……ああ、そうだ。そういえば、血はちゃんと飲めているのかい?」
「はい。大丈夫ですよ。家のものにまだ番のいない造血鬼がいますので」
「ならよかったよ。……牙は、相変わらずかい?」
「ええ、ありません」
「そう」
成長とともに生えてくるはずの吸血鬼の牙が、山茶花には生えてこなかった。
乳歯だからだろうか、永久歯になれば生えてくるのではないか。そう言われたが結局山茶花に牙は生えてこず、犬歯が鋭い牙になることもなかった。
「傷を作ることには変わりはないので、不便はありません。ですが、いつか番が産まれたとき……嬰児の柔らかな肌を切り裂くのだと考えたら……、少し、怖いです」
目を伏せた山茶花はふと、瞳を幼児へ向けた。
「この子は、牙は?」
「見てみるかい?」
笑う彩入は幼児に口を開けるように言い、山茶花によく見えるように口の端を指で引っ張った。
そこには、ほんの少しだけ鋭い、小さな乳歯があった。
「…………ちいさ」
「こんなもんさ。姉の子どもたちも可愛らしいサイズだったよ」
ころころと笑う彩入は幼児から手を離し、幼児に口を閉じるように言う。
「まあ、そういう吸血鬼もいるってことさ。我々は個体差が激しい。ぼくだって身体は個性的だもの」
下半身を指さし、「あんまり気にするもんじゃないよ」とけらけら笑う。彩入の身体のことを知っている山茶花は溜息を吐く。
「女性として育てられていたというのに……、はしたないですよ、彩入さん」
「そういえばお前の初恋はぼくだったね」
「あの頃のあなたはまだ “おんなのこ” でしたから」
成長の遅かった彩入は、二〇〇歳近くになっても見た目は一二歳程で、彩入よりも成長の早かった山茶花は、五〇歳の頃には彩入と外見年齢はほぼ一緒だった。
「違うよ。お前と初めて会った日は丁度検査結果がきていて、男だとわかったあとだよ。でも着るものがなかったからそのまま女仕立ての着物を着ていたんだよ」
「おや、そうでしたか。それは失礼しました。……つまり俺は “男” のあなたに顔を真っ赤にして結婚してくださいと言ったわけですか」
「そういうことだよ。懐かしいねぇ」
笑い合う彩入と山茶花に、幼児は不思議そうな顔をしてふたりの顔を交互に見ていた。
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