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第6話
カウチにゆったりと寝そべる番の顔を覗き込み、魚月はごくりと喉を鳴らす。
基本引きこもりの番の肌は病的なほどに白く、血を貰うたびに貧血で倒れるのではないかと心配になる。(そんな魚月に番と従者は笑いながら「造血鬼が貧血起こすなんて、ありえない」と言うのだが。)
薄く上下する胸に手をあて、そこからするすると撫でて喉元へ。
(細い首……)
魚月はいつも番の手首から血を貰っていたため、この首を傷つけたことはなかった。(しかも魚月が牙を刺して飲むのではなく、番が自身でナイフで切った場所から飲んでいた。)
とくとくと脈のわかる顎下に手をそえてゆっくりと顔を近づける。――今ここで、番の了承なしに血を貰ったら、番はどのような反応をするのだろうか。
「――――寝込みを襲うのは紳士的ではありませんよ、坊ちゃん」
「うほぉいっ!」
勢いよく顔をあげて後ろを振り返ると従者が扉の隙間から魚月を見つめていた。
「……い、いつから」
「今しがた。彩入さまを起しに来たんです。ほらほらほらほらどいたどいた」
たったか近づいてきた従者は魚月を追いやり、番の肩を叩いた。
「彩入さま、起きてください。はやく起きないと坊ちゃんに襲われますよ」
「ちょっ」
なんてことを言うのだこの従者は。
「――ふふ、おそうの? ぼんが、ぼくを?」
起こされるより前から起きていたであろう、そんな様子の番は笑いながら目を開けた。
「ぼくを……おそえるのかい? ぼん。……こっちおいで」
寝起きの少しかすれた色気すら感じる声で番は魚月を手招く。
脚を折り曲げ作られたスペースに座ると、ゆっくりと魚月の膝のうえに番の脚が置かれた。番は肘をついて軽く身を起し、魚月の肩を掴んで完全に上体を起こす。
「どうなんだい? 坊」
「……襲えるわけ、ないじゃないですか」
「――ふふふふ、だよねえ」
近づいた番の顔、触れそうなほど近い番の唇に目がいきそうになるのを必死に堪え、番の鳶色の瞳を見つめ返す。
「坊の瞳は相変わらず綺麗だねぇ」
「……彩入さんも、綺麗ですよ」
「ふふふふ」
ゆるりと細められた目元。朱を走らせたように赤らむ目尻に引き寄せられるように、魚月はそこに唇を落とした。
「は?」
「おや」
「……はれ? ――痛っ」
番以上に驚いた顔をしている魚月の頭を驚きから復活した従者が叩き、魚月を番から引きはがした。
「なぁにをなさっているのですかっ、坊ちゃん! わたしの目の前で彩入さまに手を出すとはいい度胸ですね、説教いたしますからそこに正座なさい」
自身の足元を指さし、従者は鬼のような形相で大人しく正座をした魚月に説教をした。
「平和だねぇ」
呑気な番は説教をされている魚月を見てころころと笑った。
* * * *
最近少年が挙動不審だ。
彩入がそう山茶花に相談すると、山茶花は何やら思案するように左上に視線をやる。
彩入が少年の挙動不審だと思われる言動をあげていくと、ふむとひとつ頷いた。
「――なるほど」
「おや、サンザカは坊の挙動不審の理由がわかるのかい?」
「おそらく」
山茶花は苦笑いを浮かべ、カフェオレを口に含む。
「まあ、そのうちサカナからなにか行動を起こすでしょう。彩入さんはそれまで、何もせずに今まで通りにサカナに接しておけばよろしいかと」
「ぼくは今まで通りでいいの?」
「ええ。サカナがどうするか決めたあとにあなたもどうなさるかを、お決めになればよろしいかと。相手の出方がわからないと、あなたは行動のしようもないので」
「……そう」
山茶花がそう言うのであれば。
彩入は少々腑に落ちぬような表情をしたが、瞬きのあいだに表情を常のものへと変えた。
現状、彩入が少年にできることはない。そうとわかると、それはそれで、胸の中にモヤモヤとしたものがあるような、つっかかりを覚えるような、そんな、なんともいえない思いが彩入を苛む。
(坊の親代わりになれるようにと、頑張ったけど……どうしようもないこともあるもんなんだね……)
ふぅ、と小さく息を吐くと、向かいにいる山茶花がクスクスと笑う。
「――なんだい、サンザカ」
「いえ……。……あなたがそうやって、誰かに振り回されるなんて、思いもよりませんでしたので。……なかなかやりますねぇ、サカナも」
「振り回される、ね」
「あなたがそういう顔をなさるのも、新鮮です。あなたは基本的に穏やかな表情なままで――ポーカーフェイスがお上手だ」
「そんなつもりは、ないんだけどねぇ」
彩入の感情の起伏は乏しい。
普段は穏やかな表情を保ち何事にもゆったりと構えている。故にあまり動じることもなく、動じたとしても少し目を見開くだけでそれ以上に表情の変化はない。
「あなたが、……あなたの表情が、サカナの行動によりどう変化するのか間近でみたいものです」
「悪趣味だね、サンザカ」
「好きなひとほどいじめたい、というヒトの心理がわかる気がします」
「――――」
莞爾と笑う山茶花を彩入はゆるりと、睨みつけた。
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