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第9話

     夜更けに帰ってきた番は、嗅いだこともない不思議な香りを身に纏っていた。  風呂上がりに母屋に来ていた魚月は廊下で番と出会した。 「……彩入さん……?」 「――――ああ、坊。ただいま」 「……おかえりなさい。随分と、お疲れのようですね」 「ああ……うん、ちょっとね。……斑鳩のご当主の遊びに付き合ってきたから……」 「斑鳩の? 斑鳩の家に行っていたのですか?」 「――うん」  暗く澱んだ鳶色は魚月を見ることはなく視線を下に向けたまま。 「彩入さん? だいじょう――」  肩に触れようと手を伸ばした瞬間、その手は彩入に弾かれた。 「っ」 「あ……っ。……っご、ごめん。……ぼく、疲れてるから……もう寝るよ……」  番は泣きそうに顔を歪めたあと、帰ってきてから一度も魚月を見ることなく、踵を返し自室へと走り去ってしまった。  廊下に残された魚月は赤くなった手のひらを見つめ、ぽつりと番の名を呼んだ。 § § § §  どうしようもないほどの “欲” を番に対して感じるようになってから魚月は番の傍にいることができなくなった。  番は魚月を自分の子どものように可愛がってはくれるが、それ以上の熱はない。親のように、親の代わりに育ててくれた番に深く全てを求めるような欲を抱いたことがおかしいことのように思えるほどに、番は魚月を子どもとして扱う。(現に未だに呼び名は「坊」だ。)  番と魚月の温度差が、魚月には耐えられなかった。  離に移り住み、極力番には近付かないようにした。この欲が一過性のものであればいつかこの欲は消えるだろう。番のことをただの “番” として扱い、以前のように、親子のように接することができるようになるだろう。  そう思っていたが、斑鳩の家から帰ってきた番を見てから何やら胸の奥がざわざわとしており、湧き上がるような不安があった。  斑鳩の家は近親婚を繰り返す、造血鬼の血が何よりも濃い家で、斑鳩の当主とされている個は造血鬼の始祖の先祖返りだと言われている。  吸血鬼である魚月には縁遠い家なため、今まで関わることはなかったが、番の家――伽藍の家は斑鳩の分家とされているため、番は繋がりが深いのであろう。  斑鳩の当主と番が仲がよかったとは知らなかったが、だが、 ただ“遊んだ” わりには、番の表情は暗く沈んでいた。  普段穏やかな表情を崩さない番のそんな表情は初めて見るもので、その表情の原因が斑鳩にあるのであれば。 (オレは、あなたに何ができますか)  ――悩む魚月をよそに、その日から、番は斑鳩の家に呼ばれることが増えた。    

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