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第10話
自分ではどうしようもないことがあると、“それ” は知っていた。
家に縛られ血に縛られ、自由がない日々を過ごす “あれ” は少しずつ壊れていった。
同じく血に縛られた “それ” には “あれ” を助ける術はなく、むしろ “あれ” を追い詰めるひとつであった。
助けてやりたい、どうにかしてやりたい、そう思うことは自由だが、ヒトの諺にある「言うは易く行うは難し」の通り、行動に移すことは容易はでない。
“それ” はただ、ギリギリの精神状態を保つ “あれ” を少し離れたところで見ているだけだった。
* * * *
じゅる、と音を立てて啜られる。
昨夜から月経がきていた彩入は、流れるその血を月雲に啜られていた。
「はー、不味くなったね、あいりの血。番ができたせいかなぁ……」
指を突っ込みぐちゃぐちゃと掻き回す。
口の周りと手を赤く染めた月雲は悲しそうに眉を下げる。
「番のせいで、あんなにおいしかったあいりの血が不味くなっちゃうなんて……番、殺したくなるなぁ……」
「――やめて、ください」
「え?」
「あの子に……っ、ぅ……、手を、出さないでください……っ」
「――――」
彩入に番が産まれた時、初めて彩入に「行くことができない」と言われた。「嬰児にはたくさんの血が必要で長時間番と離れることはできない。だから当分月雲の元には行けない」と。
「つがい……?」初めての彩入からの拒絶に、月雲はどうしていいのかわからなかった。
彩入は、伽藍は、月雲の望むことをしてきた。
部屋中のものに当たり散らし、異父兄に当たり散らし、月雲は叫んだ。「あいり、あいり、あいり! どうして! 番のせいなの? つがいのっ? つがい、つがい、つがいぃぃぃぃっ?」異父兄の止めようとする手に噛みつき、首を爪で抉った。
名を呼ばれても、抱きすくめられても、月雲は半狂乱に暴れ続けた。
彩入の動向を探らせ、番の成長を探らせ、独り立ちできるほどに番が成長したことを知った月雲は彩入へ連絡を入れた。
「言い訳はもういい? あいり、わたしのところへおいで?」
その言葉を、彩入は拒絶しなかった。
月雲は再び彩入を手元におくことができるようになった。以前と同じように “遊べる” ようになった。
彩入はもう、月雲を拒絶しない。――そのはずだった。
「あいり……? どうして? どうしてわたしのことを拒絶するの?」
「……っ、して、おりません……。ただ、……ぁあ゛っ。ぼ、くはどうにでもしてっ、いいから……っ、あの子には、ぼくの、“番” には、なにもしないで……っ」
「――――」
初めて見る、彩入の怒りが篭った瞳に、月雲は呆然とした。
「なんで……」
ずるりと彩入の中から抜けていった指。真っ赤な手そのままに、月雲は顔を覆う。
「なんで、なんで、なんで……なんでなんでなんでなんでなんで……っ?」
「っ、つくも――」
「なんでわたしをきょぜつするのっ? あいりっ」
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