――自分ではどうにもできないと、“それ” は知っていた。 「お初にお目にかかります、御手洗の吸血鬼。私は斑鳩倭。斑鳩の当主の異父兄です」 「――御手洗魚月です」 　なんの前触れもなく番の屋敷にやってきた個に、魚月はどう対応すべきかと悩んでいた。 　屋敷の主は斑鳩の家にいる。生まれた時分から住んでいると言えど居候に等しい立場の魚月が対応していいものなのか。そもそも、番は斑鳩の家にいるのに、何故斑鳩のものが訪ねてくるのか。 「彩入さんは……伽藍の末弟は今、不在ですが」 「存じております。……現在斑鳩の家にいることも」 　出された紅茶に手をつけることなく、倭は魚月を見据えた。 「――協力して欲しいことがあるのです」 §　§　§　§ 　お香に混じる微かな彩入の血のにおいに、魚月は力任せに襖を開いた。 「彩入さんっ、――っ！？」 　横たわる彩入に覆い被さっていた個は、ゆっくりと血に濡れた面をあげ、魚月を見遣る。――彩入の首にかけた手をそのままに。 「……だぁれ……？　どうしてこの部屋にいるの……？　だれが、とおしたの……？」 「私が通したんだよ、“緋采” 」 「……にいさま……？」 　魚月の後ろから現れたのは月雲の異父兄。月雲はこっくりと首を傾げ、するりと彩入の首から手を離した。 「にいさま、それはだぁれ……？　どうして、わたしの部屋にとおしたの？　わたしがあいりとあそんでるあいだは、だれもとおさない約束でしょう……？」 　するすると着物の裾を引きずり倭に近寄る月雲は、魚月が見えていないように思えた。 　倭は魚月に視線をやり、小さく頷く。 　気配を消しながら、足音をたてぬよう、彩入に近づいた。 　傍に膝をつき、彩入の顔を覗き込み息を飲んだ。首は血に濡れた手で締められていたいたからか赤く染まり、浅く呼吸はしているものの顔色が酷く悪かった。 　肌蹴られた着物を辿り、開かれた脚を見遣れば、白色の襦袢が赤く染まっていた。微かににおった彩入の血はこれかと、魚月は思い至る。 「緋采。遊びはもうお仕舞いだ」 「……おしまい……？」 「そう、お仕舞いだ。これで、永遠に」 「……えい、えん……？」 　ぽつりと呟くように復唱した月雲は、ふと何かを思い出したように彩入を振り返り――叫んだ。 「だれっ？　なんで、そこにいるのっ？　あいりにちかよらないで！　あいりからはなれて！　それはわたしのものなんだから！」 　叫び魚月たちに近づこうとした月雲を倭が羽交い締めにして止めた。 　月雲は倭の腕に爪をたて、肉を抉るように食い込ませる。 「にいさまっ、なんでとめるのっ？　あれを、あの吸血鬼をあいりからはなさないとっ。ねえっ、にいさまっ。はなして！」 「緋采っ、もうやめろ！　伽藍の末弟を解放しろ！　あれは元から、おまえの――緋采のものじゃない！」 「っあ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁ――――！！」 　気が狂ったように叫んだ月雲はそのまま、――意識を失った。