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第4話
夏場に言われた浅倉の車の洗車は「日課」となっていた。
言われて数週間続けていたとき、浅倉からもう毎日ではなくてよいと言われたのだか、何となくそのまま毎日していた。
あの残業の件以来、逢阪は少しだけ浅倉へ対する愚痴が減っていた。
浅倉も以前ほど厳しく当たらない。
「逢阪、そろそろ上がるぞー。まだ店長の車、洗車してんのか?」
山本が室内清掃をしている逢阪に声を掛ける。気がついたら、いい時間になっていた。
「分かりましたー、あと少し掃除機かけたら上がります!」
そう言えば山本さんのお子さん誕生日だっけ、と思い出す。
いつもより早く帰りたがるわけだ。
「あれ?」
助手席の足元へ掃除機を進めているとキラリと光るモノがある。
何だろうかと手を伸ばしてみるとそれはピアスだった。いかにも女性らしい形のピアスだ。
見てはいけないものを見た気がしてぎくりとする。
(わわわ、生々しいなあ)
ウブなわけではないが思わず赤面してしまう。
プライペート感が全くない浅倉だけに、衝撃が大きかった。
(やることやってんじゃん)
掃除機を止めて手にしたピアスを眺める。
結婚していないというのは噂で聞いていたので恐らく彼女であろう。
お似合いの美男美女なのだろうか。
(ふーん…)
ギクリとしていた気持ちが今度はじわじわと落ち着かない気持ちに変わってきた。
いつもの逢阪なら、きっとピアスを浅倉へ渡す前に田城たちに見せびらかして茶化すだろう。
だけど、なぜかそんな気分にもなれなかった。
「逢阪ー、車もういいか」
遠くから浅倉の声が聞こえて思わずビクッとする。
「あ、もう出来上がりますっ」
手にしたピアスを浅倉に渡す事なく、ポケットへ忍ばせた。
それから数日後。
「10月も無事、達成しましたーーブラボーー!」
いつもの居酒屋で打ち上げが始まっていた。
「あっ土井さん今日は焼酎なんすね」
「悪い?!今日は飲みたい気分なのよお!!」
田城が土井に絡まれるのを見ながら他の営業がヒソヒソ話をする。
「土井さん、昨日彼氏にフラれたらしいぜ」
「マジで!今日は荒れるなあ・・」
「逢阪も今日はハイペースだな」
数時間後。
田城が焼き鳥を食べながら逢阪の様子を見ていた。
いつもならビールしか飲まない逢阪は焼酎へとシフトしている。
「焼酎サイコーよねっ、逢阪くんっ」
土井がおもむろに話しかけてきた。
「サイコーーっす!!」
「あああめんどくせえ・・」
田城が頭を抱えて笑う。
「店長、てんちょおー」
突然逢阪が立ち上がり、離れて日本酒を飲んでいた浅倉の隣に座る。
ギョッとしたのは浅倉だ。
「何でそんなにいつも冷静なんすか、何すか日本酒って」
そばにあった空のお猪口 を浅倉に差し出す。
まるで浅倉に注げと言わんばかりだ。
「お前、日本酒飲めるのか?」
「よく分からんですけど、店長 が飲んでるなら飲むーー!」
大声で宣言しながら浅倉の背中をバンバン叩く逢阪。
いよいよ絡んできた逢阪に周りもざわついてきた。
「え、なにこれ美味しい展開?!」
土井が目を輝かせながら二人を見る。
「・・土井ちゃん、腐女子てバレるからやめとき」
田城がこそっと呟いた。
ふう、と浅倉がため息をついて持っていたお猪口を置いた。
「そろそろここらでお開きだ」
「何でそんなに冷静なんすかー、無表情なんすかあー」
逢阪は浅倉にもたれかかる様に歩きながらまだ絡んでいた。
居酒屋を出て逢阪は一人で帰れる様な状態ではないため、浅倉が一緒に帰ることなった。
一同は大丈夫なのかと心配しつつも、浅倉の冷静さに結局は甘えて解散となった。
「俺ほんとは知ってるんすよー、店長はねビビリなんす」
暗闇で声かけたらびっくりするんですよお、と移動中もうるさい。
「お前なあ…」
「あとねえ、あとねえ、やっぱりみんなみ評判どおり、任せられる人で、色んな人に好かれる人だあ」
ヘラヘラ笑いながら逢阪は続けた。
「いい奴なんだよー、浅倉って!知ってた??」
「…」
呆れながら浅倉はヨタヨタ歩く逢阪のペースに歩調を合わす。
「でもさ、アイツねえ、女いるんだぜ。俺、ピアス車ん中で見つけたんだ」
ギョッとして浅倉が逢阪を見る。
逢阪はもはや独り言のように話し続ける。
「俺はさ、アイツの驚いた顔を一つ知っただけで嬉しかったのに彼女は多分色んな顔をたくさん知ってんだよう」
浅倉は足を止める。
「そりゃずるいよなあ、てんちょお」
そこまで言うと、とうとう逢阪の体から力が抜けてしゃがみ込む。
「お、おい逢阪」
そのまま逢阪は眠ってしまった。
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