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第5話
「トイレ…」
ふと目が覚めてかなりの尿意を感じた逢阪はボンヤリとした視界の中、部屋の中に時計を見つけ、夜明け前であることに気づいた。
ぼんやりと部屋を見渡し、トイレの位置を探す。
(完全に飲み過ぎた…)
「トイレは向こうだ」
誰かの声がして逢阪は素直に相手が指差した方へと駆けだす。
「ふいー」
何とか間に合った…と安堵しながらもあたりを見渡す。
(ウチのトイレこんなに綺麗だったか?)
よく見ると、全く見覚えのないトイレ。
不審に思いつつ部屋に戻ると、こちらも全く見覚えのない部屋だった。
服や漫画が散らかったいつもの部屋ではない。
本棚にきちんと整頓された本。床には余計な物が転がっていない。
そして何より、目の前のベットに誰かが横になっている。
(ううえええええ?!)
目を凝らして見ると浅倉が寝ていた。
(何で何で?!)
呆然としながら、逢阪は記憶を必死に手繰り寄せる。
(きのうはみんなと呑んで、土井さんと焼酎飲んで…)
そのあとは誰かに担がれながら店を出て…
『いい奴なんだよー、浅倉って!知ってた??』
横で一緒に歩いていたのは、その浅倉だ。
自分の醜態を全て思い出した。
と、同時に血の気が引いた。
(オレ、なんかスッゲーこと言ったような気がする)
『俺はさ、アイツの驚いた顔を一つ知っただけで嬉しかったのに彼女は多分色んな顔をたくさん知ってんだよう』
『そりゃずるいよなあ、てんちょお』
今度は顔から火が出そうなほど赤面する。
(オレこのまま、ベットに戻るべきか?家に帰るべきか?)
「…逢阪」
「は、はいっ」
目を瞑ったまま、浅倉が低い声で名前を呼んできたので逢阪は思わず返事をする。
「ここは俺の部屋だ。お前、全く動かなくなったから運んできたんだ」
「あああ、も、申し訳ないっす…」
どうりで綺麗な部屋なんだと、謝りながらもあたりを見て感心する。
逢阪のスーツもハンガーに掛けてあった。スエットに着替えさせてくれたのだろう。
「それと、俺の評判がどうのこうの言ってたな。佐田からなんか言われてたんだろう」
「ええ、まあ…」
「オレは成果を出してるだけだ。それにあいつは新入社員の頃から色々仕掛けてくる奴で
その辺りは上層部も知ってる。だから佐田はこれ以上、上がることはない」
優秀な同期に佐田はかなり劣等感を持っていたらしい。
逢阪はそんな佐田を優しいからと言うだけで慕っていたのが恥ずかしくなってきた。
「それと、ピアスは妹のだ」
(うわわわーー!!)
自分が触れて欲しくない話題になってしまい、思わずしゃがみ込む。
(俺、何であんなこと言ったんだ!しかも本人に)
だいたい驚いた顔を一つ知っただけで嬉しかったって何だ!と悶絶しながら
浅倉を見る。
今こうして目を瞑っている顔も普段見ない顔だ。
この顔も知っているのは他にいるのだろうか。
この顔を他に知られたくないと願うこの気持ちは何だろうか。
(これじゃあまるで…)
ゆっくりと浅倉が目を開け体を起こす。逢阪は何故か目を逸らすことができなかった。
浅倉の腕が不意に逢坂の後頭部に回り自分の方へと引き寄せる。
「あ、あのッ…」
逢阪が何か言おうとした口に、浅倉はキスをする。
「ちょ…!」
驚いた逢阪は思わず浅倉の顔を覗き込んだ。
カーテンから入るうっすらとした夜明け前の明かりでいつもの浅倉ではない、少し赤面したような浅倉がぼんやりと見える。
「…そんな顔も、誰かに見せてるんですか」
思わず呟いた逢坂の言葉に、益々赤面して浅倉が睨みつけた。
(ああもう)
今度は逢坂から唇に触れる。
「…こういうこと、ですよね」
「お前にしては上出来だな」
再び唇を重ね舌を絡ませる。
頭の先がジンとする。お互いの舌を感じながらベッドに倒れこんだ。
この先のことが分からないほど、二人は子供ではない。
それでもあまりに早急すぎて逢阪はまだ躊躇している。
(さっきまで仕事していた上司だそ?
数ヶ月前まで嫌いでたまらなかった奴だぞ?
その前に、男同士だぞ?!)
さめそうになる逢阪に気づいたのか、浅倉は逢阪の顔を触ってジッと見つめた。
射るような視線に今迄とは違う感情が逢阪を襲う。
「お前はこうなる事を全く予期してなかっただろうが、俺は望んでたよ」
「…へっ?」
浅倉は逢阪の首筋をねっとりと舐め上げてくる。ゾクリと背中が震えた。
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