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第5話
入社したのは、冬。
ちょうど歳暮やら年賀状の時期で、オレは早速役に立てた。
「陽さんひとりじゃ大変で、毎年困ってたの。印字じゃ味気ないしねえ」
「そうなんですか?」
「おつきあい関係を作っておいて、損はないお仕事でしょう? 機会があるごとに郵便物出すのだけど、量が多いのよ。宛名くらい印字でもいいじゃないって思うけど、そこにこだわる方も、確かにいらっしゃるから」
「なるほど」
「ウチの人たちは、たいがい器用貧乏だけど、北島くんはまたおもしろい方向に色々とできる人なのね」
デスクが隣の先輩、井上さんが、今日の作業分を出してくれる。
井上さんはまかきゃらやができてから、早い時点で就職したらしい。
多分、社長たちと同年代のてきぱきとしたベテランさん。
「前の仕事が専門職で、それしかできないのが悔しかったんですよね」
「あら」
「なので、辞めてから色々と……」
「北島くんはソフト負けず嫌い……っと」
井上さんが笑いながらメモを取るまねをする。
負けず嫌い、なのかな?
自分ではよくわからない。
ただ、信用していた人に投げられた言葉は、痛かったから、じゃあ変わってみせるって思ったんだ。
今日の作業は、筆での宛名書きと礼状の清書。
筆書きはできる。
ハローワークに通うのとは別に、通信で練習した。
筆耕っていう仕事らしい。
でも、筆で字を書くことはできても、自分で文言を考えるのはできないといったら、例文を差し出された。
何が何でも書け、書いてくれってことらしい。
「どれくらいでできそう?」
「年賀状の宛名書きが枚数あるんで……できれば、今日いっぱい欲しいです」
「じゃあ、礼状の方から手を着けて、昼に一度、進捗報告いい?」
「はい」
年末も近くて、外勤チームは出入りが激しい。
内勤チームも忙しなくしているし、ここに通い始めて知ったけど、会社っていうのは電話が多いらしい。
自分の作業をしながら、電話の応対なんてすごいなあって、オレはここ数日で思い知らされてる。
「第二資材室、いいですか?」
「いいよ。鍵わかる?」
「はい」
集中して書きたいのと、何か事故ったときに他への被害をなくしたいので、毛筆を使うときは別の部屋に移動させてもらう。
今までも、陽さんが使っていたという場所。
「あ、ねえ、北島くん」
「はい」
鍵置き場から鍵をとって、移動しようとしたら、別の人から声をかけられた。
「お花、活けられるんだよね?」
「は……まあ、一応」
「よーし。じゃあ、そのつもりでいます」
「はい?」
「何かあったらよろしくです」
「あー、はい」
手元の書類で何かを確認していた人は、オレの返事ににやりと笑った。
ええ?
何させられるんだろう。
移動までの少しの間に、色々声かけられて、確認されて、オレはでてないけど電話がひっきりなしに鳴ってて、忙しいところに就職したんだなあって、改めて思った。
いや、前の会社もそうだったのかもしれないけど、前は作業に集中してたから、こういうモノだって知らなかった。
ホントに、オレはなにもできないんだなあ。
こっそりため息をついて、作業場所に足を向ける。
オフィスは建物の一階。
二階に、食堂や資料室や資材室がある。
階段を上っていたら、要さんが降りてきた。
なんだかんだで、久しぶりに顔を見られて、オレはちょっとほっとする。
他の人も優しいけど、誘ってくれた人に全然会えないのは、なんかちょっと心細かったから。
「おつかれさまです」
会社の中でみる要さんは、多分オーダーだろう三揃えのスーツを、いい感じに着崩してることが多い。
今日は上着なし。
寒くないのかなと思うけど、忙しくしてる人は、寒さも感じないのかもしれない。
「うん、お疲れさま。どう? うまくやってる?」
「おかげさまで、みなさんによくしてもらってます」
「早速こき使われてるんじゃない?」
オレが握ってる鍵に目を留めて、要さんが笑う。
「でも、できることがあるのはいいです」
「そっか。最初からとばしすぎないで。ほどほどにね」
「はい」
ぽんぽん、とオレの肩をたたいて、要さんは一階に向かっていった。
時期なのかずっと忙しいのかはわからないけど、社内で要さんに会うことはほとんどない。
けど、相変わらず気にかけてくれてるのは、ありがたい。
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