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第7話
『正月休みってさ、勝手にやってって感じ』
「大野の言わんとするところはわかる」
『明日が正月でも、まだこんなって、どうよ?! 北島は? 今のとこは、どう?』
「ちゃんとあるよ。ほぼ世間並み」
『そりゃあ……慣れなくて、動揺するな』
「そうなんだよ」
世間並みにちゃんともらえた正月休みの間に、バイトをすることにした。
今まで、ちゃんと正月休み……どころか、長期休暇ってものを体験したことがないので、時間を持て余すと思ったから。
いわゆる、テストプログラマーっていうやつ。
できあがったプログラムが、正しく動くかテストして、バグを探すのが主な仕事。
プログラムは、好きだ。
ふれていないと寂しい。
それに、すぐに変わっていく業界だから、ちょっとでも関わっていたい。
指示をもらいながら情報をやりとりする片手間に、インカム越しに雑談をする。
仕事を回してもらったのは、前の職場で仲のよかった大野って奴。
色々と教えてくれる奴で、その後の会社や勤めていた人の動向なんかを聞いて、自分の近況を答える。
『そういや、お前、山内さんと仲良かったよな』
出された名前に、ドキッとした。
「ああ、うん。担当の営業だったしね。何? なんかあった?」
声、震えるな。
『いや、最近いい噂聞かないからさあ。北島、一緒に辞めたんじゃないよな?』
「山内さん、オレが辞める前に、辞めてたじゃん。何? そんな悪いの?」
山内さん……鉄人さんは、オレより前にあの会社を辞めた。
個人で引き受けていたらしい結構な量の仕事を、格安でオレに押しつけて、できあがると早々にオレの前から去っていった。
あの人の優しい言葉に浮かれてたのは、オレだけ。
『俺らに聞こえてくるくらいだから、上の方では揉めてるっぽいよ』
「へえ……」
『北島、腕はいいけどさ、流されやすいから俺は心配よ~。これからもフリーでテスト引き受けるんなら、ちょっと気をつけな』
大野の言葉は、今ならすんなりと耳に入ってくる。
あのころに言われていたら、きっと、大野と縁を切ってた。
それくらい、オレは浮かれてた。
「ありがと。山内さんって、そつないイメージだったから、揉めてるって意外だな」
『そうか? 俺は胡散臭くて好きじゃなかったけど』
「へえ、そうなんだ」
『あ、送信終わった。どう、いけそう?』
オレが自分の考えに沈む前に、大野が話題を変える。
「ちょっと待って、確認する」
引き受けたプログラムは、ややこしさで言えば中レベル。
ただ、量が多い。
誰だ。
これ組んだのは。
ちょっと、妙な癖があるプログラムで、動きは普通なのに解読するときにハテナマークが浮かんでしまう。
ひとつのブロック、キリのいいところまで片づけて、タバコ休憩にしようと、大きく伸びをした。
めがねを外して、冷蔵庫から缶コーヒーを出す。
窓を開けて、外に向かって煙を吐く。
ため息をごまかせるから、いいアイテムだよといっていたのは、なんの映画だったかな。
久しぶりに、あの人の名前を聞いた。
オレに『何もできない』って、教えてくれた人。
オレに男の味を教え込んだ人。
もうひとくち、大きく煙を吐いた。
バイト、引き受けといてよかった。
やることがあるから、まだ、保っていられる。
休みが長いってのは、良し悪しだよな。
そういえば、まかきゃらやも昔はほぼブラックだったと、井上さんが笑っていたっけ。
仕事が好きで楽しくて会社作っちゃった、そんなひとたちが中心だから、休むときに休めなかったんだそうだ。
この数年……長友部長が来て内勤がしっかり回るようになって、ちゃんと世間並みに休めるようになったっていってた。
タバコ一本、最後まで吸っても、窓を閉める気になれなくて、そのままでいた。
部屋の気温が下がる。
年末の夜中だ、寒いに決まってる。
ぶるるるるる、と、スマホが震えた。
すぐ切れたから、多分、メールかメッセージ。
ぼんやりしたまま表示させたら、要さんからだった。
『あけましておめでとうございます。休みを堪能してる? もし時間があったら、お茶でもどう?』
要さん。
机の上に、納会でもらったロリポップ。
ねえ、要さん。
オレは揺らいでる。
オレを捨てた人がどうなってても、オレはもう知らない。
つきあってるんじゃないから、どうしようもない。
だけど、未練とかそんなんじゃなくて、気にかかる。
要さんも、気にかかる。
あなたは優しい。
どうしてなのかわからないけど、優しい。
『なっちゃん』
まかきゃらやに入ってから、そう呼ばれなくなった。
役員と平社員だから、しょうがないのかなとも思う。
社内にはあだ名で呼び合っている人もいるけど、それをよしとしない人だっている。
なかなか顔が見られないことも寂しい。
でもやっぱり、あなたが以前のように呼んでくれないことが寂しい。
寂しがったって、オレは何にもできなくて、全然あなたに見あわない。
だから、しょうがないんだと思う。
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