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第9話
一口、大きく息を吸う。
ふう、と吐き出すのは、白い煙。
ただいま、絶賛自己嫌悪中です。
最近のオレはおかしい。
呼び方が変わったからって、落ち込んでどうする。
特に昨日のオレはおかしかった。
別に、新人さんが入ったからって、オレが動揺する事じゃない。
仕事を教えるのが、長友部長じゃないからって……要さんが直に教えるからって、オレがどうこう言うのはおかしい。
仕事だからね。
社会人だからね。
小学生じゃないんだよ。
ああ、もういやになる。
出勤前に、近所のコンビニで朝の一本。
最近はタバコの数も減っていたのだけど、なんかこう、復活してる。
社内に喫煙者が少ないから、外で一服してからの出勤。
もう少し自分をしっかり持ちたいなと思う。
オレは何にもできないだけじゃなくて、結構グダグダで、ヨレヨレだ。
何かに気持ちを持っていかれたら、ホントにダメになる。
要さんが好きだなんて、気がつかなかったらよかった。
社内恋愛なんて碌なことにならないって、身をもって知ってたはずなのに。
さあ、て。
喫煙場所に置かれた灰皿に、煙草を落とす。
気合入った。
入ってなくても、入ったことにする。
今日もしっかり働こう。
「ええとねえ、今日はデータ入力です」
井上さん渡されたのは、どっかの会社のなんかのリスト。
こういうのは、中身を深く考えちゃいけない。
枠線やら印字された文字を見るに、多分、かなり古いタイプのワープロソフトで作られたもの。
「営業さんから回ってきたの。紙ベースしかないリストなんですって。表計算ソフトで入力してもらえる?」
「表はあるんですか?」
さらっと表を見てから、確認。
井上さんはオーダー票を見て、首を傾げた。
「計算式は使わずに、数値入力をって書いてるとこ見ると、一から作るっぽいけど……確認してくれる? ええと、清塚さんに」
「了解です。これ、結構前の分までしかないですけど、途中じゃないんですよね?」
「うん。北島くんへのオーダーは過去のリスト作成。そこから直近の分までは、芳根くんが入力フォーム作りながら作るって」
ああ。
事務作業用のソフトでってことかな。
じゃあ、何も考えないで表を作って、数字を入力すればいいんだろう。
共用のノートパソコンを起動させる。
「まとめて北島くんにオーダーすればいいのに……ややこしいね」
自分の作業に取り掛かりながら、井上さんがポロっとそんなことをいった。
よくある誤解に、オレはどう説明しようかなと迷う。
「オレは事務仕事用のソフトは苦手なんで」
「はい?」
「パソコンの仕事してましたけど、事務作業はしてなかったんで、ワープロとか表計算とかは井上さんや芳根さんの方が、詳しいと思いますよ」
「違うの?」
「全然違います。まあ、入力自体は慣れなんで早いかもですけど」
「へえ……パソコンって、奥が深いのね」
ふむふむと納得してるけど、オレからすれば普通の事務仕事の方が、多岐に渡ってて奥が深いと思う。
単純に数値を入力するだけの作業は、午前中だけで終わった。
チェックは井上さんに任せて、第二資材室に行く。
最近、陽さんの要求が上がってきたのだ。
『北島くんの字は、素直でいいのだけれど、もう少しだけ崩してみましょうか』
にこにこと柔らかな要求。
オレは習字の経験者ではないから、教科書通りの一文字ずつ独立した楷書に近い文字を書く。
そこを、せめてもう少し、さらっとやわらかく崩して、続け字にして欲しいと。
いやもう、ホントに、事務仕事って奥が深いよね。
そんなわけで、急ぎの仕事が入るまで練習させてもらうことにしたんだ。
作業スペースにいったら、ぽつん、とそこにピンクの物体。
「なんで……? なんなんだよ、これ」
この間もらったのと同じパッケージ。
だからきっと、これは要さんが置いていった、ロリポップ。
訓練学校に通っていた時、要さんはオレが喫煙するのを意外そうに見てた。
それからしばらくして、今度は、なんとも不思議な顔で見守るようになった。
だからホントは、オレが喫煙するのをあんまり好ましく思ってないんだろうな、とは思っていた。
でもほら、つきあってるとかじゃないし、言われる筋合いないじゃん。
「わっかんねえな、もう……」
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