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第11話

「ホントに助かったわー、ありがとう」 佐野部長が上機嫌で、ハンドルを握る。 いや、オレこの人が上機嫌じゃないとこって、今日の現場で初めて見たんだけどね。 普段にこにこしてる人の真顔って、怖いね。 「お役に立ててよかったです」 「ホントならせめて最寄り駅まで送ってあげたいんだけど、この後まだ詰まってるのよ、ごめんね」 「直帰できるうえに、沿線まで送ってもらえるんで、ありがたいです」 「そう? もっと要求してくれてもいいのに……控えめなのね」 「そんなことないと思いますけど」 支給されたおにぎりが今日の昼食。 人目につかないとこで口に押し込むような食べ方して、イベントの進行を手伝った。 片付けまで済ませて、あっという間に夕方。 会社に行っても、多分、仕事にならないよねっていう時間。 でも、帰るには早いと思うんだけど、佐野部長が慣れない仕事頑張ったからって、直帰にしてくれた。 だからまだ帰宅ラッシュには早くて車はゆるゆると進んでる。 「ねえ、北島くんてさ、いつまで井上さん預かりなの?」 「はい?」 「自分で自分の仕事管理、そろそろできるんじゃない?」 ミラーを見るついで、というように、ちらりと佐野部長がオレを見る。 そういや、そろそろ入社三カ月。 普通の企業だって試用期間が終わる時期だ。 「そう、ですね」 「続かなさそう?」 「いえ。楽しいです」 「じゃあ、そろそろ独り立ちかな?」 「……自分が、何ができるかわかんなくて」 佐野部長のふわふわした口調に、つい、促されてしまった。 「あら、うちの社はそんなこと考えなくていいのよ? 楽しかったらいいの」 「いいんですか?」 「だって、その方がいいじゃない? 北島くんはもっとがつがつしてていいわよ」 ふわふわの佐野部長は、その口調で辛辣なことをいう。 でも、すごく大事なこと言われてる気がした。 「ちょっと、芳根くんを見習ってみてもいいかもね。ああいう毎日お祭ノリも、そろそろ何かやらかしてくれそうで、怖いけど」 「そんなもんですか?」 「芳根くんはもう少し、落ち着いて足元見たほうがいいし、北島くんはもっとがつがつしたほうがいいと思うの」 まあ、ないものねだりになってくるわよねぇ、と、佐野部長は言う。 ないものねだり。 ああ、そうかもしれない。 佐野部長とは、沿線駅で別れた。 ここから家までは、私鉄で数駅。 少し早いけどまっすぐ帰るか……それとも、どっか寄る? 定期の範囲ではないし、電子カード類も持ってないから、切符買わなきゃな。 車を見送って、駅中に向かったオレは、いきなり腕を引かれて驚いた。 「何?!」 「やっぱ、夏樹だ。ひさしぶりだな」 そこにいたのは、鉄人さん……かつてつきあっていた、山内さんだった。

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