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第7話

「良かったね。今日はもうそれ1つしか残ってなかったみたいだよ」  西村はそんな風に言うと、店員の男は「でも」と食い下がりたいのをぐっと抑えたような顔をする。 「え、ほんとですか?」  やったー! と声を上げる幼さの残る男は西村の事情も男の感情に気づくことなく、しっかり握りしめていた500円玉を店員の男に渡す。  そして、西村に会釈した後、肉巻きおにぎりの入った弁当を持って去って行く。 「西村さん、ちょっと良い人すぎませんか?」  店員の男は去って行く男の方を見たまま、西村に言う。 「まぁ、彼の気持ちも分かるから」 「というと?」 「例えば、大好物があったとして、それが食べられることになったんだけど、何かが原因でそれが叶わなくなるのは」  普通にショックじゃないか、と西村は開いていた財布を閉じる。  この場合、勿論、大好物は『いのさきべんとう』の弁当で、原因である何かは売り切れということになるだろうか。 「次の金曜はちょっと会食が入っているから、買いに来れそうにないんですけど、また1週間後は買いに来ますね」  と西村が言い、同じ階にある地下の売店に入ろうとすると、店員の男は西村を引き止めた。 「あの、これ、良かったら」  店員の男は西村に名刺を差し出す。サラリーマンとは違い、弁当屋が名刺というのも西村は珍しい気もしたが、よく考えてみると、自分のところの弁当をどこかの店舗へ置いてもらったり、売り込む時とかに使うのかもと思った。  ほぼ反射的に西村も軽く頭を上げ、両手で受け取る。そして、店員の男から手渡された名刺をぞんざいに扱うことなく、器用に西村もいつも持ち歩いている名刺を男に差し出した。  店員の男も西村と同様に西村の名刺を受け取ると、西村は弁当屋の名刺をまじまじと見る。 店員の男の名刺は右半分に男の顔から胸元辺りまでくらいがデフォルメされて、『弁当と笑顔をお作りします!』と7色のクレヨンのような字でメッセージの入ったかなり凝ったものだった。  だが、西村はそれ以上に男の氏名に驚いた。 『西村悠二』  漢字は違うが、西村と同姓同名の氏名が書かれていて、店員の男・西村悠二は「西村悠二です」と名乗った。

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