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第8話

「ゆうじさんのお弁当、美味しいからね」  と『いのさきべんとう』を買いに来ていた女性客が昨日、言っていたのをどうして、もっとよく聞いていなかったのだろうと、西村佑司は金曜日の就業後、デスクに向かうと思っていた。 「お疲れ様です」 「お先に失礼します」  と様々に口々に言われ、最後は岡田に「金曜くらい早く帰ってくださいね。何とかマンデーっていうでしょ?」と言われる。 「フライデーだろ……金曜日は……」  岡田と2人で残っていた西村はオフィスに1人だけ取り残される形になり、再来週のプレゼンに向けて仕事をしていたが、ふっと集中力が切れて思った。 「名前は同じなのに、全く違う人間だな」  西村の家族は父母兄の3人で定食屋を営んでいて、西村にさえ素質があれば、父は兄と同様、定食屋を任せるつもりだったという。  ただ、皿洗いをさせると、皿を割り、その破片で怪我をする。包丁を使うと、その刃先で指を切る。味つけや見た目は悪くないのだが、お世辞にも客に出せるレベルではなかった。また、小さい頃から食が細く、少し偏食気味なところもあり、料理どころか食事にさえ興味が薄かった。その上、高校は兄とは違い、進学校へ進んだ。すると、さほど苦労もなく、トップクラスの成績を収めて、大学、会社もそれなりに良いところへ行けたと西村は思う。 「まぁ、お前の人生はお前のだから」  西村が大学へ進む時も、会社へ就職して、その会社をある理由から退職した時も、西村の家族は父も母も兄も西村の進路に1度も反対しないで、西村のやりたいようにさせてくれた。 だが、西村は心のどこかで申し訳なく思っていた。 「本当は彼のような人間が西村佑司だったら良かったのに」  西村は自分らしくないことを言っているのを承知で、ひょんなことから出会った西村悠二のことを思う。  さっぱりとしたこげ茶の短髪に、さっぱりとした紺色のシャツに腰からかけるダークグレーのエプロン。それに、さっぱりとしていて、覇気に満ちた掛け。思えば、自身の兄や父なんかと似ていて、最初から昔から知っているような、妙な親近感はあった。 「もしかして、病院で取り違えられていたとか運命のいたずら的なことがあったとか?」  長く、岡田と仕事をしているうちに彼の突飛とも言える思考回路まで似てきたのだろうか。  西村は相当、自分が賢明な判断がくだせていないことを悟ると、デスクのPCの電源を落として、部屋の電気を落としていく。  すると、西村のスマートフォンの画面が光っているのが分かった。

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