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第4話
高科要は矢千と同い年の上司で、この会社の取締役の一人息子だ。今のところ彼が受け持っている事務所は一つだけだが、しょっちゅう他の案件に駆り出されているところを見ると期待されてるのは確かだろう。実際仕事はできるし、部下からの信頼も厚い。この小さなオフィスの管理だけしている器ではない。
だが彼の人物像までは把握しきれない。常に冷静沈着で誰に対しても柔らかい物腰だが、甘い声で紡ぐ言葉は全てまやかしに聞こえた。彼は決して本音を明かさない。
矢千はひょんなことから彼に拾われて、毎日大勢の青年から悩みを聞く生活を始めることになった。今はただがむしゃらに生きて、生きて、流されている。この生活の行き着く先はどこなのか、自分自身も分からないでいる。
「高科さんはご結婚なさらないんですか」
「どうして」
「そりゃあ……」
結婚適齢期だし、と言いかけてやめた。
高科はゲイのようだ。けど同性婚も今では一般的。重役についてるからと言って、何も躊躇することはないと思う。結婚しない明確な理由があるようだ。
俺なんかが深く訊いていいことじゃないか……。
とは言え自分から振った話題だ。紙風船のように宙でぽんぽん浮かし、次いで左手を無でる。
矢千の左手の薬指にはシルバーリングがはめられている。しかしこれには深い意味はなく、お守りのような感覚でつけていた。銀色の光に向けて下げていた視線を上に移し、鉄面皮の青年に笑いかける。
「高科さん、男女問わずモテモテだし。俺みたいな住所不定無職で遊ぶより、生涯のパートナーを捜すことは時間的にも将来的にも大切なことじゃないかな。って思って」
言い終わって、一応今は無職じゃなかったことに気が付く。しかし高科は意に介さず鼻で笑った。
「無難な人生を送ることが幸せだって思う? 教科書に載ってるような人生が理想だとして、じゃあどうして皆その通りに生きない? 俺も、君も」
矢千は口を噤んだ。黙ったまま、高科の綺麗な口元を眺める。
「俺は無難に生きたいわけじゃない。恋愛の手助けなんて仕事をしてるけれど、ちっとも恋愛に重要性を感じないんだ」
その声はとても冷めていた。本当に、毎日無数の人間をマッチングさせ、カップルを生み出している統括の台詞ではない。でも。
「俺も……ぶっちゃけよく分かりませんけど。今日めでたく結婚報告に来てくれたお客さんがいたんです。気付いた時にはもう好きになってた、って嬉しそうに仰いました。それって何かすごい自然で、良くないですか? きっと俺達が介入なんかしなくても、あの二人は好き合う運命だったんですよ」
そうだといい。そうであってほしい。
憶測は、大半が本人の願望だ。分かっているけどそう思いたい。運命という、便利で胡散臭い付箋をしておきたい。心揺れそうになった時すぐ手元から取り出せるように。
「…………」
高科は何も言わなかった。否定も肯定もせず、机のスモールライトを消した。病気のように白い肌が少しだけ色を取り戻す。反対に夜の色はより濃くなろうとしていた。
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