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第5話
高科という男がよく分からない。その実体も胸の内も分からないまま、慰め程度の営みをした。
頑丈な作りのソファですら悲鳴を上げ、何とも不安な音を立てている。ペニスを激しく扱かれる矢千が幾度となく派手に仰け反る為だ。出会って間もないというのに、高科は夜になると必ず矢千の全身を愛撫した。それは今のように性器を擦る程度のもので、身体を繋げたりはしない。矢千が射精して、高科が満足すればすぐに終わる。高科は自慰もせず、さっさと手を洗って残った事務作業を再開する。それもいまいち理解できなかった。
高科は特定の恋人がいない。かといってセフレがいるのか、と言うとそうも見えない。仕事が終われば矢千と戯れ、仕事をして、シャワーを浴びて寝るだけだからだ。
矢千もまた、起きて、仕事して、愛撫されて、寝るだけの生活を送っている。デリケートな部分を触られることに何故か嫌悪感もないので、高科とじゃれ合う夜が続いてしまっている。このままだと脳機能が退化して馬鹿になるかもしれないと感じた。
何も履いてない矢千の下半身に皺だらけの白衣を被せ、高科は自身のジャケットをハンガーに掛ける。淹れたてのコーヒーの匂いが部屋に充満していた。
この時間にもなると矢千はすっかりリラックスモードに入っている。言いたい放題、やりたい放題のオンパレードだ。早い話、幼い子どもに返る。
「ねぇねぇ高科さん。どうして皆恋愛がしたいんでしょ」
「だから、何度言ったら分かるかな。ここに来るひとは少なくとも恋愛がしたいわけじゃないよ。セックスがしたいわけでもない。死ぬまで傍にいてくれるパートナーが欲しいんだ」
高科はオーバーに肩を竦めてコーヒーをすすった。彼は常に達観しているようだ。
「孤独は病院じゃ治せない。人間なら罹患率百パーセントの病」
「じゃあ高科さんでも寂しくてたまらない時があるんですか?」
「もちろん。いつも寂しいし、虚しいよ。ほんと。早く土に還りたい」
それは恐ろしくネガティブな発言だ。矢千をからかう為の冗談かもしれないが、表情は至って真剣。仕方ないから笑い飛ばすことにした。
「やっぱ高科さんは早く結婚した方がいいね~」
……とおどけてみても、居心地の悪さに白衣の中の煙草に頼ってしまう。仮にも上司の部屋で喫煙するのはどうかと思ったが、一服しないとやってられなかった。それに煙草を教えてくれたのも彼だ。
ポケットの中を探す間も、高科は抑揚のない声で続ける。
「人はある日突然、抗いようのない孤独に襲われる時があるんだ。普段は見えない、心の一番暗いところでぎりぎり繋がっていた糸がぷつんと切れる。……音がする。そして皆ここへ来る。自分を安心させてくれる存在を求めに、たくさんお金をとかしてね」
ロマンチックの欠片もないが成程、孤独感が原動力になるということか。恋愛の原動力が何なのかずっと考えていたから、少し胸のあたりがすーっとした。彼は穿った見方をする青年だ。
ここへ来るのは大企業の重役や医者に公務員、政治家に教師等社会的ステータスの高い者ばかり。そんな勝ち組なら恋人なんて引く手数多にも思うが、彼らは元々パートナーなんて求めていなかったのだろう。だから信頼できる相手を見つけたいと思った時に右往左往してしまう。
恋愛という脆い概念を疎んでいた者達なのだ。
これまでもこれからも、独りで生きていこうと心に決めていた。しかし誰もが等しく、孤独感に押し潰される。老いて弱っていく最期を嘆く。孤独は天から与えられる最悪のプレゼント。
心の拠り所は誰だって欲しい。だけどその方法が分からないから一縷の望みを持ってここへ来る。ばか高い金を払ってでも手に入れる価値があるのだ。
なら、自分は……自分の糸は、かろうじてまだ繋がっているようだ。金を払ってまで誰かとくっつきたいとは思わない。
独りでも大丈夫。痛くも痒くもない。
「それは君がまだ若いから」と歳上の同僚に言われたことを思い出したが、忘れることにした。
既に疲労困憊なので、いちいち考えるのも疲れる。段々眠くなってきてしまい、矢千はゆっくり瞼を閉じた。ぬれた夜はあっという間に過ぎていった。
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