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第7話
「矢千さん、次のお客様が見えてます」
「はーい」
事務所は午後が特に忙しい。
矢千は昼休憩を早めに切り上げ、雑務に集中していた。必要な案内書を多めに用意したり、部屋の中を片付けたり。やることはたくさんあるが難しい作業はひとつもないので、自分の一日を見た者はこれで給料を受け取っているのか、と憤慨するかもしれない。
男性恋愛カウンセラーという異質な存在。
本来ならば相談を受けて適したプランを紹介するはずのところを、特殊な依頼人に対しては矢千がブレーキ役として出動する。契約締結前のワンクッション。相談窓口のバッファとも言える。心のケアを目的とし、相手の精神状態を見極めるプロセスを担っている。ここで判断を見誤ると多方面からトラブルが発生するし、ただの冷やかしやクレーマーなら会社側の損害になる。高科からはそう深刻に捉えなくていいと言われているが、実際はそうもいかない。
社会人としての責任を持ち、ひとつひとつの業務に緊張感を持って当たること。……それが、高科の部屋にあった会社員の心得十五条というDVDの教えだ。
矢千は職員達に、地方から異動してきた恋愛のカウンセラーだと名乗った。高科に指示されたメモを盗み見しながら話す矢千に、職員達はかつてない危機感を覚えただろう。矢千は自分の素性は一切話さず、淡々と挨拶だけするように言われていたので、その通りにした。事務所の職員達は長いこと動揺していたが、所長の推薦ならタダモンじゃないな、と期待の眼差しも向けていた。
高科はあれでいて人望があるらしい。女性社員は皆高科のことを見て目を細めている。
確かにいつも穏やかだ。声を荒らげてる姿なんて見たことないが、何故夜には自分に手を出すのか。それだけが最大の謎だ。
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