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第9話

「皆やっぱり気にしてるんだ。俺が何でここに住んでるのか。何をしに来たのか。……いつまでここにいるのか」 気にすることはないと言い聞かせていたのに、高科の顔を見たら昼間のことが自然と口から零れてしまった。 「誰かに何か言われたのか?」 「いや、……話してるところを立ち聞きしただけ。でも普通に考えたらそりゃそうですよね。得体の知れない人間と一緒に働くって、うん、怖いもん」 言ってるうちに自分でも虚しくなってきたので、最近ハマっているチョコミントアイスを頬張った。その片手間にミニカーを弄る。加重すれば少しの距離を走るもので、テーブルの上を縦横無尽に走らせた。 「何それ?」 「ミニカー」 「それはわかる。どこから持ってきたんだ?」 「今日相談に来た田代さんの息子さんがくれたんです。もちろん何度も断ったんですけど、オレンジジュースのお礼だって言って譲らなくて。田代さんも家に山ほどあるからどうぞって。子どもって良いな~! 癒されるし、ミニカーは楽しいし」 大の大人がちまちました遊びをする姿は最高に滑稽だろう。しかしミニカー遊びが楽しくてしばらく走らせていた。高科は怪訝な表情でそれを見ていた。 「ミニカーが好き?」 「好き。あぁ、でも本物はもっと好き! ドライブとか行ってみたいなぁ」 満面の笑みで答える矢千に、高科は苦笑した。 「矢千」 ソファが軋む。一瞬の隙に、高科は矢千を押し倒して馬乗りになった。 「お前はここにいていいんだよ」 その声はいつもと変わらない。それなのにどこか危うく、崩れてしまいそうな脆さを秘めている。 見上げた先の高科の顔は、影がかかってよく見えない。それでも笑ってないことは確かだ。何か言いたげにしているけど、口端を強く結んでいる。 会った時から気付いていた。彼も、いつも何かと闘っている。 言葉にしなくても分かることがある。自分はそれを彼から学んだ。目、声、仕草で感情を表現できる。だから矢千も全身で意見を示してきた。美味しいものを食べた時は行儀悪くもがっつくし、綺麗なものを見た時はギリギリまで近くへ寄って観察する。その反応だけでも、自分という人間を知ってもらう架け橋になると思っていた。 高科は普段は言葉少なで、表情筋も死んでるのか、と思うほど感情を顔に出さない。しかし矢千が元気に話し掛けると少しは嬉しそうに見えた。もちろん勘違いの可能性もある。高科が、というより自分が嬉しいだけかもしれない。 どんなことを訊いても馬鹿正直に答えてくれる彼は偉大で、尊くて、たまらなく愛しい存在だ。 「ん……っ」 だから流される。 そっと包まれるように抱き締められると、何もできない赤ん坊に戻ったような錯覚に陥る。無条件で愛してもらえた、きっと人生で一番幸せなとき───。 俺は、何も覚えてないけど。

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