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第10話
服は全て床に落ちた。熱気を凝縮したような汗が全身から吹き出て滴り落ちる。矢千は高科に組み敷かれ、今夜も必死に声を殺していた。
戯れのように時折後ろの入り口に指をあてられる。力が込められると恐怖が増して、縋るように高科に抱きついてしまう。すると彼も何か思い出したように手を離し、前を擦り合わせることに集中する。
毎晩こうして慰め合う。誰にも言えない二人だけの秘密。醜くて汗臭くて、それでいて鈍い輝きを放っている。この夜もこっそり宝石箱に入れてしまいたい。だが高科はそれを許さない。
今日のことも明日には忘れるように言う。でも彼は明日の夜にまた同じことをするだろう。それを一晩で忘れろ、というのは無理がある。
大体忘れた先に何があるというのか。忘れることなら散々してきた。本当はこれ以上忘れたいことなんてない。何も失くしたくない。
本来誰もが持っている大切な媒体を、自分は持っていないのだ。
性器を扱くいやらしい水音を聞きながら、高科の胸に顔を埋めた。今では見慣れた指、首筋。嗅ぎ慣れた匂い。温かい吐息。
彼を感じる全てに、どうしようもなく安心する。どうして……。
考えても分からない。思考は泡のように弾け、液体となって足元に落ちる。その時にはいつも太腿を精液が伝っている。
汚いものだと思うが、高科は必ずそれを指ですくい、貴重な飲み水でも見つけたような仕草で舐めとった。
「あのー……それ美味しい?」
「舐めてみる? 自分の舐めるなんて、かなりの変態じゃないとできないと思うけど」
「やめとく」
と言うか、人のを舐めることは変態じゃないのか。いろいろ訊いてみたかったけど、彼の場合泥沼化しそうな気がして口を噤んだ。
変態じゃないにしても、変な人だ。理解はできない。
彼もまた、自分を理解してほしいとは思ってないのだろう。だから尚さら虚しい……寂しい人間だと思った。俺と同じだ。
「今度こそ……、……から」
射精した倦怠感から瞼を伏せる。その間、ずっと高科の声が聞こえていた。
「深月……」
あぁ……。
まただ。
どうして彼は……眠る前には、自分を名前で呼ぶのだろう。
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