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第11話
消失と再生を繰り返す。
人生は果てのない線路で、人はダイヤの乱れた電車を走らせている。たまに急停止したり、他の車両と衝突したり、なんなら脱線することもある。
運転者は自分。そしてその車内に乗り込むのは、仲の良い友人もいれば、悪意を持った他人なんてこともある。不審物は自分で見つけて外へ出さないといけない。進路も速度も自分で考えて調整する。一歩間違えば大事故だ。
大事な人だけ乗せて走っていたいけれど、本当は大事な人ほど降ろしたい。事故が起きたときに彼らも巻き添えにしたら……。考えるだけで恐ろしくてたまらないのに、大事な人、大事な物がみるみる増えていく。パンク寸前の車内に、重量オーバーの緊急アナウンスが流れる。
次の駅が終点だと思うが、そこにはなかなか辿り着かない。
人生の最果てにある駅とはどんな形をしているんだろう。興味があるけどいつも見つけられないまま霧に覆われる。
フロントからはもう何も見えないが、線路さえ問題なければ勝手に進んでいけるのが電車の良いところだ。自動車ならそうはいかない。
車は……本当に、ちょっとした判断ミスで取り返しのつかない事態に見舞われる。便利だけど恐ろしい。
怖い怖い。
ハンドルを切り、シートベルトを引っ張って姿勢を正す。
ダッシュボードの上に置いてあるスマホを見た。
時間が刻一刻と進んでいる。急がないと、“彼”との待ち合わせに遅れてしまう。
停止線は踏んでいた。目前の信号が黄色に切り替わったので、アクセルを踏み込んだ。海が見える、線路沿いの通り。ルームミラーいっぱいに黒い影が映る。後続車に視線を移した時、俺の視界も黒一色に塗り潰された。
死だ。
「ん~……!」
過日。
破壊力のある陽光がカーテンの隙間から零れている。矢千は今日も夢に魘され、爽やかな朝を迎えた。
連日ソファで寝ているせいで全身が筋肉痛だ。それに託けて高科に温泉に行きたいと強請ると、意外にもあっさり「わかった」と返された。未だ音沙汰はない……が、とんでもない見返りを要求されるのも怖いので、このまま何のアクションもなくていいと思った。
仕事漬けの日々は相変わらず続いている。
矢千は持ち前の明るさと愛想の良さで相談者を満足させ、着実に会社に貢献していた。
そんなある日のこと、本社の人間が一斉に内部視察をしにやって来た。その中にひとり、片瀬という厄介な男がいた。彼は執拗に矢千に絡んできたのだ。
いつから来たのかという些細な質問から、どのようなルートで配属されたのか、高科との関係性までも詮索してきた。全て彼に聞いてくれと説明したが、片瀬は丸一日矢千の周りにまとわりついた。
もう少しで退勤時間……来客が居なくなり、深閑としたフロアに安堵していた。その矢先、
「ねえ。矢千くんって、訳ありの経歴だよね?」
矢千の頑なな態度が増長させたのか、とうとう片瀬もストレートな質問を投げかけてきた。彼は人事部で、社員管理システムにろくな情報が入力されてない矢千を不審に思って近付いてきていたのだ。
もし下手に返してボロを出せば、高科の責任問題にもなる。どうしたらいいか考えていると、「君と仲良くなりたいんだ」と手を握られた。
最初から“そんな”においを漂わせていたが、露骨なアプローチを受けたのも初めてだった。もし抵抗すれば、何らかの報復を受ける可能性がある。
どうしよう。
焦りと不安から頭痛が起きる。黙っていたら逆効果になるから、なにか返さないといけないのに。
「あ痛っ!」
視線を足元に落とした時、後頭部に衝撃が走った。と言っても強いものではなく、柔らかいなにかで叩かれたようだ。矢千が振り仰ぐと、そこにはファイルを持って微笑む高科がいた。
「お疲れ様です、片瀬さん。ウチのトラブルメーカーに付き合ってくれてたんですか? 大変だったでしょう、こいつ、優柔不断な上に挙動不審で」
「えっ。あ、いや……とんでもない。おかげさまで、今日は有意義な時間を過ごさせて頂きました。それでは失礼します。矢千くんもお疲れ様!」
突如現れた高科に、片瀬も挙動不審な様子で部屋を出て行った。助かったという安心感、脱力感から、近くの壁にもたれかかる。
「矢千!」
高科はファイルを投げ出し、急いで矢千を支えた。
「顔が熱い……お前、熱でもあるんじゃないのか?」
今までにない険しい表情だった。怖い気もするが、「お前」という呼び方が何故か懐かしく胸に響いた。矢千は虚ろな目を擦って首を振った。
「大丈夫大丈夫。ちょっと立ちくらみしただけ。だって朝からめっちゃ働かされるから」
「……悪かった。会議が長引いて……あんな奴が来るって分かってたら、もっと早くに切り上げて戻ってきたのに」
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