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第16話
高科の掠れた呟きは甘美な響きでもあり、猛毒を隠し持った薔薇の棘のようでもあった。こちらの出方次第でどちらにでもなるかもしれない……そう思うとやっぱり危険な人種だ。
同様に、世話の焼けるタイプ。自分もその手の人間に間違いないが、何だか今は違う気がしていた。
頭がクリアだ。色が鮮やかに視認できる。ものの形を正確に捉えられる。
高科の緻密な感情が手に取るようにわかる。彼が求めていること、してほしいこと。それは矢千が望んでいることでもあった。
傍にいてほしい。
忘れても失っても、何回繰り返したとしても、傍らで笑っていてほしい。
「もうこの際だから、矢千に恋愛相談でも受けてもらおうかなぁ。一応評判は良いみたいだし」
「良いけど、業務時間外は別料金頂きますよ」
「悪どい……生活費俺が全額負担してんのに」
高科は青い顔で俯く。可笑しくて笑いそうになったが堪えた。
何でそこまでしてくれるのか。訊こうとして、やっぱりやめて。でも本当は、その理由も分かってきてる……なんてことも言えないで。
「それで、一体どんなお悩みですか?」
揶揄うように顔を近付けて言ってやると、彼は今度こそ不満そうに顔を背けた。
「やっぱり言わない」
「えぇー」
「でもこれだけは言っておく。もう二度と俺から離れないで。……今度はちゃんと守るって誓うから」
二人で寄りかかるようにし、手を繋ぐ。左手は、高科がはめた指輪の出っ張りを感じていた。
温かい。手も、心も、頬を伝う涙すら。
「って、何で泣いてんの」
「さぁ……」
袖で目元を拭う。
「あなたこそ」
恋愛が神聖なものという認識はない。こんな仕事をしているからこそ、見たくないものまで見えてしまうことがある。
けれど自分以外の誰かを想う気持ちを、忘れる度に思い出させてくれる。記憶を失くしても、自分を見失っても、暗いトンネルの中から必ず這い出させてくれる。
だから明日も生きていける。高科は、聞き取るのもやっとの声で好きだと呟いた。嬉しいけど、今さらだと笑った。
けっこう前から知ってたから、冷静に「俺も」と答えた。
全ての想いは鍵付きの箱に仕舞っている。よく伝えるありがちな想いも、恐らく一生取り出さない想いも、俺は一緒くたにして抱えている。心許なくともひとつの糸に収斂され、誰にも切れない絆となる。
高科は慎重に想いを取り出している最中なのだろう。「好き」という想いは、箱の一番下に隠していた最上級の宝物。恋愛を馬鹿にしながら、実は誰よりも恋をしていた自分を隠すための。
俺はこれから先、思いがけないところで躓いて、自分のルーツについて揺れることもあるかもしれない。そんな時に彼がそっと支えてくれたら嬉しい。
言葉はいらない。なにか教えてくれる気になったら正座でもして真面目に聞くけど、それまでは知らないふりをしておこう。無理に問い詰めることもしたくない。
明かさないことも、またひとつの強さなのだ。
誰も知らない彼の強さを秘めて歩いていく。
果たせなかった約束と、辿り着けなかった待ち合わせ場所に想いを馳せ、彼の薬指をそっと撫でた。
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