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第17話 髙科要

類は友を呼ぶというのは一体どこの誰が考えた言葉だろう。 叶うなら財産の半分を明け渡してでも褒め讃えたい。明快且つ的確。その残酷さに笑ってしまう。 能力も家柄も恵まれている自分の周りには、ステータスもプライドも人一倍高い奴らが集まった。世間的にはまだ子どもと言われる歳なのに、見栄と体裁に命を掛ける虚しい人生を送っている。 大学生一年生の高科要は、今日もため息混じりに授業に出席した。大企業の御曹司で容姿も端麗な高科は、入学早々注目の的になった。女子からは猛烈なアプローチ、男子からは嫉妬と羨望の眼差しを向けられ、敵か味方か見分ける作業に追われている。 できることなら卒業まで隅っこで大人しくしていたい。来る者拒まず去る者追わずのスタイルを貫き、どんな相手にも笑顔を向けていた。それががたがたに崩れたのは、授業開始直前のこと。 「邪魔」 真隣に来て自分を見下ろす男が、憮然と言い放った。高科としては少しの間脚を伸ばして椅子を後ろに押していただけなのだが、道を阻まれていることに苛立ちを感じたらしい。彼は親の仇でも見るような目でこちらを睨んできた。 「あー、はいはい。どうぞお通りください!」 いつもは紳士ぶっている高科も、この時ばかりは素が出て大人気ない態度をとってしまった。椅子を引いたものの、彼が通り過ぎる直前また椅子を押したのだ。バランスを崩した彼は反対側の机にぶつかってしまった。その時、そこに置いてあったカップのドリンクが倒れ、彼の鞄と服をぬらしてしまった。 うわぁ……。 最悪だ。知らないふりをしたかったけど、ばっちり目が合ってしまう。わざとじゃないんだ、ごめん! と言うには些か無理のある状況だった。考えるよりも先に彼の手を掴み、講義室から飛び出した。 男子トイレに駆け込み、ポケットから取り出したハンカチをぬらして彼の服や鞄を拭う。その間、彼は冷めた目でずっと黙っていた。気まずさをかき消す為にも必死に拭いた。こんなこと、十八年も生きていて初めてのことだ。誰かに見下ろされ、家来みたいに動き回るなんて。 「だいぶ乾いてきた。あ、においはやっぱりとれないか。そのー、もし良かったら全額弁償……するけど」 自分ができる最大限の謝罪として、尻ポケットから財布を取り出した。すると彼は眉を寄せ、今度こそ軽蔑したような声音で言い捨てた。 「誰の金で?」 拭いてやった鞄をひったくるように取って、彼はトイレから出て行ってしまった。 ひとり取り残された虚しさ、自分なりの誠意を踏みにじられたようで、猛烈に腹が立った。しかし元はと言えば自分のせいなので、奥歯を噛み締めて深呼吸する。被害者は彼だ。 「誰の金……か……」 そりゃもちろん、親の金だ。毎月何万もお小遣いをもらって、口座には使い切れないだけの貯蓄がある。でも、ここに通ってる奴らだって同じようなものだろう。 その考えが覆されたのは、再び彼に会った時だった。 友人達に情報収集して分かったことがある。彼の名前は矢千深月。専攻が違う為普段はまったく関わりがないが、成績トップの寡黙な少年。深窓の令嬢というのは聞いたことあるが、肌が白くていつも席の隅に座っている矢千は神秘的な存在だった。彼の外見に惹かれて近寄る女子もいたが、反応の薄さに飽きて最後は必ず離れていく。矢千は授業で教授にさされた時しか声を発さず、他者との関わりをシャットダウンしていた。 どうせ自分は特別だとか、痛い勘違いをしちゃってるんだろう。一体どこの坊ちゃんかと思いきや、矢千はごく一般の高校からきた奨学生だった。 だからか。 彼が、俺や、周りの友人を見る目が少しきついのは。 でも知ったこっちゃない。苦労してきたことが偉いって言うなら、世の中の大半の人間が偉いんだ。高科はそれからひっきりなしに矢千に絡むようになった。

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