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第18話
「なぁなぁ、矢千ってどこに住んでんの?」
「何でそんなこと言わなきゃいけないわけ」
「心配しなくても押しかけたりしないし。お前はほんとにクソ真面目だな。こういう時はテキトーに返せよ」
「テキトー。じゃあ、東京駅の中」
「バレる嘘はやめろ」
だんだん、矢千という人間が分かってきた。最初は声を聞くことを目標に、彼の人柄を引きずり出す為の質問を多数用意して隣の席に座った。
彼はひとり暮らしをしている。一度冗談で、もしかして天涯孤独ってやつ? と訊いたら変な間が空いたので、もう訊かないことにした。
肉より魚。
質より量。
恋愛より、勉強。
周りが恋人作りに躍起になって飲み会に参加してる中、矢千はさっさと家に帰っていた。
「お前もたまに妄想したりしないの? エロ本見たり、AV借りてシコッたり」
矢千が大人びているせいだと思うが、彼といるとこちらの精神年齢が極端に下がる。ガキっぽい発言で気を引こうとしてしまう、自分がすごく惨めに思えた。最近はすごく頭が痛い。
「AV……高科は好きなんだ」
「好きっていうか、自然だろ」
「俺は全然。あんまりたまらない方みたいなんだよね。あと、恋愛観もさっぱりわからない。しなきゃいけないもんでもないし……、重要性がないよ」
それを聞いた時、あ、こいつとはないな、って素直に思った。
退屈で情強なこいつの価値観をぶち壊さない限り、絶対恋愛には発展しない。
どうでもいいけど、もし自分が彼を変えられたら……それはそれで面白いかもな。
「俺の親父さ、最近面白い事業始めたんだよ。男同士の恋愛トラブルを専門に扱う相談事務所みたいな」
「へぇ! 面白そう」
何故かそれには異様に食いつき、矢千は目を輝かせた。意外だ。そんなに興味があるなら、就活に失敗したとき呼んでやるか。矢千を部下としてこき使うのも面白そうだ。
「誰かの助けになることは良いよね。どんな形でも
「あー……慈善団体ならな。親父はモロ利益の為だから」
「お父さんのこと尊敬してる?」
「わかんない。感謝はしてるけど」
夕焼け色に染まった川沿いを二人で歩いた。肩を竦めて笑う高科に、矢千は首を振って答える。
「感謝してればそれだけで充分だよ。よっぽどの事情がない限り、家族は大切にしないとだめだ。いつ居なくなるのか誰にも分からないから」
多分……あの時の矢千が一番自分の意見を主張していただろう。教授にも同級生にも見せない顔。それを自分にだけ見せてくれたことに、何らかの感動を覚えた。
恋愛の重要性なんて俺も知らない。したかったら勝手にして、したくなかったら死ぬまで童貞を守ればいい。気の済むまで独りでいればいい。
それを蔑むような奴がいたら、お前を馬鹿にする奴がいたら、俺がボコボコにするよ。そう言ったら、矢千は笑って「いいね、それ」と答えた。冗談だって分かってるけど、ふざけたかったんだ。俺も、彼も。
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