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ロマンス・トライアングル・リクルーター!

泉が席を立つと、なぜか一気に鶴来の息が苦しくなる。 呼吸器官が腫れあがったようだ。胸の奥に眠っている心臓が激しく脈を打ち、鶴来の頭に響き渡る。じくじくと余韻が残るこの感覚には覚えがない。 幼いころから現在までの過去をすべて振り返っても経験したことがないうえに、此処まで自分が動揺したことも記憶の端にすらないことに気づく。 最初は泉には悪いがすぐに帰ってもらおうと考えた。 連絡のない遅刻なんて平常なら歯牙にも欠けない筈なのに、満面の笑みでドアを開けた山崎を視認した瞬間、そんな意地の悪さが不思議と消えていった。 詳しくはわからないが、彼には人の心をつかむ何かがある。それを理解するまでは別れたくないと思った。いや、多分思わされた。衝撃で固まった鶴来の指から零れ落ちた履歴書を拾って、初めて鶴来にだけ向けられたくったくのない笑顔に、痛いほど大きく胸が鳴った時から鶴来本人さえも把握していなかった物を掴まれている。自分はいま、正常な判断はできているのだろうか。 「つーか大丈夫ですかツルサキさん。顔面真っ赤っすけど」 今までの流れを整理していた鶴来は、山崎の声で我に戻る。 彼は離れたパイプ椅子にリラックスした態度でこちらの様子を伺っていた。今まで見てきた面接者達は肩に力が入っていて、全員いかり肩になっていた。 「ああ。大丈夫です。少し熱っぽいみたいでして」 これは本当だ。顔には出ていないが、皮膚の下では血液が煮えたぎって熱い感情が体内器官をめぐりまわっている。 「マジっすか?ちょっと熱っぽいって上がってきちゃう流れでしょ、おでこで大体測れるんでちょっとやってみたらどうです?」 「……よくわかりませんね」 山崎の助言通りに額に掌を添えてみるが、掌にさえも熱が宿っている。 今朝は調子が良かった筈だから、熱でもない気がする。健康的でいるのも仕事のうちの一つで、社会人としてやらねばならない義務だ。頭もぼんやりしていていつもよりは思考回路が甘くなっている鶴来には自身の異常を探知することは難しい。 「ちょっと失礼しますねー」 勢いよく立ち上がったかと思えば、山崎が急に距離を詰めてくる。 隔てるこの距離感でもさえも色々と限界が近いのに、前振りもなく接近されてしまい鶴来は反射的に椅子ごと後ろへ下がった。伸びてくる大きな掌から逃れられず、心地よい山崎の体温が額越しに伝わってくる。 「ま、熱はなさそうっすけど顔赤いし今日は早めに寝てくださいねー。あ、俺兄弟二人いるんで掌で体温計るの癖になってんすよーでも割とこれが当たるんですよねぇ」 「お気づかいどうも……」 心臓が爆発するかと錯覚した鶴来は崩れ落ちそうになる肺を深呼吸で必死に支えた。 無理だ、早く帰ってきてくれ泉。胸が張り裂けてこの会議室にぶちまけてしまいそうだ。 鶴来の悲痛な声は、給湯室で鶴来の話について盛り上がっていた事務員に、遠巻きながらも釘を指すことに必死な泉にはまだ届かない。

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