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雛軋というヤンデレ 9

 雄大は俺を裸にして検査なんかしてこなかった。  俺を浮気者と言って、俺の言い分を信じなくても裸になって見せて見ろなんてことは言わないしやらない。  自分から離れていく俺を強姦したりするようなタイプでもない。  やっぱり雛軋は雄大のことを何も知らない。  俺にとって雄大が重いように雄大にとっても俺は重い。  生まれた時からずっと一緒に育って恋がなくても愛で繋がっている俺たちが相手の人格を無視するようなことをするわけがない。   「……クスリの効きが弱かったんだね。普通に歩き回っているからそんな気はしていたけれど」    ポツリと口にする雛軋のテンションに嫌な予感がしたと思ったら脇腹に痛みが走る。針が突き刺さったような鋭い痛みに手を動かす間もなく俺は倒れることになった。足に力が入らない。  眠気はないけれど身体が動かない。筋肉弛緩系の何かだろうか。雛軋が手に収まるぐらいの物体をポケットに入れているのが見えた。   「強く押し当てると針が出る仕組みなんだよ。便利だよね。本当はこんなことしたくないんだよ? キミを移動させるのに他人の手を使わないといけなくなる。僕ではキミを引きずってしまうからね。俺以外に触れられることになってしまうキミも愛してあげるから、安心してね」    油断したわけじゃないがマズいことになった。   「僕とキミの生セックスを五月雨雄大に見せつけてあげようね。キミのお尻が僕を咥えこんで離さないところを見れば誰が邪魔者か分かるはずだよ。あぁ、僕の部屋にいいものがあるからそれを見ながらエッチしようね。意識が飛んでいるだろうキミにちゃんと思い出させてあげる。僕たちがどんな風に情熱的に愛し合ったのか、もう一度見ながら復習しようね」    雛軋が誰かに連絡をとっている。  双子なら最悪だ。俺の手からこぼれたらしいタッチペンとスマホ。     村人A:宮田いる? 村人A:もしかしてピンチ? 村人A:わんわんが出会えーって言ってたから 村人A:中庭に来たんだけど      身体が動かないので眼球が渇いていく気がしたけれど、読めた文字にそれも気にならなくなった。  さすがはわんわん。これで俺は何があっても絶望せずに耐えきれる。   くもりよ:同じ学校だった? 村人A:っすよー 村人A:だから、わんわんの言葉は俺宛かなーって 村人A:反応ないから落ちちゃったか? くもりよ:どうだろ      俺にとって一番の敗北は雛軋にいいようにされることでも何でもない。  今回の事件が俺の中で消化しきれないものとして残ることだ。    雄大に信じてもらえないことでも、助けが来ないことでもない。  不可解さを残したまま実行犯だけを排除して仮初とも言える安全に身を置くことこそが呪わしい。  用意された解決案にそれと知らずに乗せられる、それは何があっても嫌だ。    黒幕とも言える存在がすべてを操っているとは言わない。  ただ自分の都合のいいように事態の流れに介入しているのは間違いない。  それを感じるからこそ俺は動く必要がある。予定されているのだろうシナリオの逸脱こそが俺のする必要があるもの。    本当にわんわんには感謝しないとならない。  これは間違いなくイレギュラー。  お菓子でも何でもいくらでも渡したい。   「ヒナちゃんってば人使い荒いでしょ~」    雛軋が呼んだのは会計らしい。  会計の親衛隊、隊長と副隊長もいる。   「僕の哉太君を運んでね」 「だってぇ、よろしく」    会計のウインクに隊長と副隊長が戸惑ったような顔でお互いを見た後に横抱き、いわゆるお姫様抱っこをされた。  会計の親衛隊たちは小柄だったり細かったりしない。  運動部員である双子ほどじゃないがそれなりの体格だ。  こういう時に便利だからなのかと納得できるほど会計には黒い噂がある。   「あぁ、そうそう。俺はサミーを愛してるからヒナちゃんとくっつけばなんて思わないよ?」    移動しながら会計が俺に声をかけてきた。  どこに向かっているのか知らないけれど、監視カメラを通っていくと助かる。  キシさんが言っていたわんわんの手足や目というのが人以外もあるなら監視カメラなんかも範囲内だろう。   「君に何かがあるとサミーは表情豊かになってくれるから俺はそれを見たいだけなの。純愛だよねぇ」    サミーって誰かと思えば雄大のことか。  恋する乙女のような顔で俺の知らない生徒会長としての雄大のことを会計に語られ続けた。手が動かないので耳は塞げないし、口もまだ動かないので何も言い返せない。    五月雨雄大だからサミーって天使党は何を考えているのか分からない。  初等部の頃の雄大なら確かにサミーって感じだったかもしれないが今の雄大に対してもサミーと口にする会計は眼球入れ替えた方がいい。

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