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急募、耳を塞ぐ方法 3
「まあ、こういうちょっとした待ち時間も楽しむためには必要だよねぇ」
悪趣味なことを言いながら会計は笑う。
ソファに座らせられてクスリが抜けるのを待っている俺は処刑台でギロチンの刃が落ちるのを待っている罪人と同じかもしれない。
自分は悪くはないという確信が揺らげば一気に命乞いをして見苦しい姿をさらす。凛と強い心で受け入れるのと逃げ出したい気持ちを前面に出すのはどちらが正しいのだろう。どちらであっても刃は首を刎ねにくる。
ただ待ってるだけだと面白くないと俺に強姦映像を見せながら昨日のことなのに随分前のことに感じるだなんて胸くその悪い台詞を会計は吐き出した。雛軋は一瞬前のことのようだと正反対のことを口にして笑った。どちらとも頭がおかしい。無言のまま壁際に立つ会計の親衛隊の隊長と副隊長。室内に俺以外に四人もいるのにまともな人間はいない。
会計と雛軋は仲が良さそうだ。
雄大憎しアンチ雄大の筆頭である雛軋と幼少期の雄大に一目ぼれして今でもサミーなんて言いながら慕っているらしい会計。どうして二人の仲がいいのかはすぐに理解できた。彼らの対象への執着の持ち方はとてもよく似ている。
酷く独善的な感情を自分勝手に相手に塗り付ける行為を愛と呼んでいる。
自分たちがしていることを悪だと感じていない。
罪悪感などないし、理解されないこともまた理解しない。
いわゆる正しい意味における確信犯というやつだ。
道徳的に自分は悪くないと確信して行う犯罪。
俺の有り様をかわいそうと言いながら自分がそこに追いやっていることを自覚しながら、雛軋は自分が俺に相応しいと思っている。ふざけるのも大概にして欲しい。俺はそんなに心は広くないし優しくない。愛があれば何でも許されるわけがない。
「そろそろイケそうぉ?」
「……そういえば、このグローブどうしたの?」
会計の言葉に雛軋が俺の服を脱がせて、いまさら気づいたように手を止めた。
グローブを取り外そうとして無理だと判断したのかナイフを取り出して微笑んだ。
「どこに指があるか分からないから変に動かないでね。まあ、大丈夫だよ? 指の一本や二本なくなってしまっても愛しているからね」
グローブに軽くナイフが突き立てられる。
強姦されることは覚悟していたけれど手がこれ以上痛めつけられるなんて考えもしなかった。
爪をはがされた時の強烈な恐怖が蘇る。
「鳥肌立ってるぅ。あはは~、そんなにイヤなの? じゃあさあ、ほら……簡単だよ。ここからサミーに電話して別れ話して近づかないで関わらないでとか言っちゃえばぁ? もちろんもうサミーだって君のことどうでもよくなっているかもしれないけど、どうでもよくなかったら泣いちゃうよねぇ。サミーの泣き顔みたいな。あぁ、泣きはらした顔かなぁ。かわいいだろうなぁ。かすれた声なんて想像しただけで勃起する。君の中にサミーが中出ししてたりするなら俺も中出ししたからサミーと俺の精液が君の中で一つになっているよねぇ。サミーの精子と俺の精子が君の中に入り込んでいるなら君のタネで生まれる子供は俺とサミーの子供だと言えるのかもしれない。あぁ、ねえヒナちゃん。女の子と番わせてあげようよぉ。そうしたら優しいから逃げられなくなるだろうしヒナちゃんは大満足でしょう。子供は俺が育ててあげるし。サミーもきっと君の子供を見たがるよぉ」
狂っている。
再生されている映像でちょうど「孕ませてぇ、種づけしてぇ」なんて聞こえてくるから死にたい。
雛軋は少し考えた後に「ちょうどいい女がいるから偽装結婚に使えるかもね。ずっと一緒にいるためだから仕方がないね」と微笑んだ。その姿は悪意の色は見られない。まるで俺が喜んでくれるというような同意を求める雰囲気すらうかがわせている。
耳を塞ぎたい。
自分で乳首をいじりながら喘ぐ過去の姿を見て心の中で雄大を呼ぶ。この映像を撮っていた時もそうだった。ずっと呼んでいた。無理だって思ってたし、助けなんてないに決まっていると絶望していた。それでも呼んでいた。雄大に助けて欲しかった。痛くて痛くて辛くて苦しくて悲しくて雄大を呼んでいた。解放されても身体中が気持ち悪かった。シャワーを浴びても何度吐いても痛みも気持ちの悪さも消えない。
「大人しくしてたら指を失うこともないし、気持ちのいいことだけしてあげるよぉ。この映像みたいに気持ちよく喘がせてあげる。イキっぱなしですごかったよねぇ」
会計の歪んだ笑顔に吐き気がした。
雛軋が俺のグローブに突き刺したナイフを抜いて舌打ち。どうやら電話がかかってきたらしい。
不機嫌そうに「なに?」とたずねる雛軋の声に被って電話の向こうから悲鳴が聞こえてくる。
「え? ちょっと、なにが」
『殺される殺される殺されるっ』
誰の声か一瞬分からなかったが双子のどちらかだろう。なら、悲鳴を上げているのは喋っていない双子の片方か。
ごめんなさいとかすみませんとか自分は悪くないとは雛軋に聞かせているのではなく電話の向こう側での相手に対する命乞いだろう。
『ははっ、謝る相手がちげーし。同じ言葉を口にした哉太に何したよ?』
壁でも蹴ったのか、家具でも蹴飛ばしたのか大きな音の後に通話が途切れた。
ブチ切れている雄大の声に口元はほころんだ。
事態は何も好転していないかもしれない。でも、構わない。届いたのならそれでいい。
未だに映し出されている卑猥な言葉を口にしながら自分の乳首を爪の剥がれた指でいじる俺。
また同じことになったとしても、傷つかない。傷つけられない。
もう雄大の声しか聞こえないから大丈夫だ。
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